第五十五話 恋する乙女の望み



 白い着物を着た妖怪は、“おみつ”というらしい。


 何故朔夜に話を聞いてほしいと思ったのか、詳しい話を聞いたところ――朔夜と話をしたことで自信が持て、好意を寄せていた相手に思いを伝えられた、と三つ目の妖怪に話を聞いたかららしい。

 お光自身も好意を寄せている男性がいるため、自分も話を聞いてもらいたいと思い、此処まで会いにきたのだという。


「お前、いつの間に恋愛相談所なんて開いてたんだよ」


 呆れ口調で真白に尋ねられた朔夜は、ほろ苦い笑みを返しながらお光に向き合う。


「えーっと、僕を頼って会いにきてくれたことは凄く嬉しいんだけど……僕、恋愛ごとに詳しいわけではないから、良いアドバイスができるかは分からないんだ。それでも良ければ、話を聞くくらいは出来るんだけど……」

「ほ、ほんとですか? ありがとうございます……!」


 恋愛経験など皆無である朔夜は、自分で力になれるかなと不安に思いながらも、わざわざ訪ねてきてくれたお光をこのまま帰してしまうのも悪いと考えて、まずは話を聞いてみることにした。


「えっと、お光ちゃんは、好きな人がいるんだよね?」

「は、はい」

「それってどんな人なの?」


 興味を持ったらしい時雨も話に加わってきた。

 お光は恥じらうようにもじもじと身体を揺らしながら話す。


「その、とても素敵な方なんです……。精悍な顔つきで、少し厳格な雰囲気が感じられますが、笑った顔がとてもお優しくて。一度だけ話したことがあるんですが、私のことを、その……き、綺麗だと、褒めてくださいました」

「それじゃあ、一目惚れみたいなものなんだ?」


 時雨に尋ねられたお光は、恥ずかしそうにコクリと頷く。


「初対面でいきなり口説くようなこと言うとか、ただの軟派な男なんじゃねーのか」


 ――葵はそう口にしようとしたのだが、しかし、それを声に出すことはしなかった。


 正に斜め前で話を聞いている朔夜も、初対面で恥ずかしげもなく「綺麗だ」などと口にしてしまえるような、天性の誑し男だったと気づいたからだ。

 だからどうというわけではないのだが……それだと朔夜さえも貶しているように思えてしまって、葵はそっと口を噤んだ。


 お光が好意を寄せている男がどうなのかは知らないが、朔夜の場合は軟派な性格というわけではなく、いつだって、ただただ素直な思いを口にしているだけだと知っているからだ。


「それじゃあお光ちゃんは、そのひとと、恋仲になりたいってことなのかな?」

「い、いえ、そんな恋仲だなんて……! ただ、もう一度お話がしてみたいんです。それで、私のことを綺麗だって言ってくれたことが嬉しかったことを、お伝えしたくて。ただ私、引っ込み思案なので、自分から話しかける勇気が持てなくて……」


 ――自分も、意中の相手に話しかけるための自信が、勇気が欲しい。


 お光が朔夜を見つめるまなざしからは、そんな切実さが垣間見える。


「うーん、そうだな……。でもあの三つ目の妖怪さんも、結局は彼女が勇気を出して思いを伝えただけで、僕が何かをしてあげたってわけではないんだよね」

「そ、そうですよね……」


 困り顔の朔夜に、お光はしょんぼりと肩を落としてしまった。


「あっ、でも、どうしたらそのひとと話せるか、僕も一緒に考えるから! 思いを伝えられるように頑張ろうね!」

「っ、は、はい! ありがとうございます……!」


 朔夜の励ましの言葉に、お光は勇気づけられたようにぎゅっと両掌を握りしめ、力強く頷いた。


 こうして十数分ほどの話し合いを行った末、明日の放課後、お光が好意を寄せている相手がどんなひとなのか、実際に会いに行ってみることに決まったのだ。


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