第五十四話 もちもち三角
三つ目の妖怪とその伴侶だという妖怪とはその場で別れた朔夜は、話を聞いてほしいという白い着物を着た妖怪を、店に招待することにした。
真白はもちろん、この場には葵と時雨も同席している。
「見知らぬ妖怪を店に招待してもてなしちゃうなんて、朔夜くんってほんとに面白いよね」
「……何にも面白くねーだろ」
眉間に皺を寄せた葵は、頬杖をつきながら、目の前で大人しく座っている妖怪を見遣る。そして、以前にも全く同じ状況があったことを思い出して、小さく嘆息した。
――あの時にはもう、自分は完全に朔夜のペースに巻き込まれ、絆されていたのかもしれないな、と。そう気づいてしまったからだ。
「……お前はこの状況、何とも思わねーのかよ」
葵は、静かに席に着いている真白に話しかける。警戒心の欠片もない朔夜のことをどう思っているのか、純粋な興味での質問だ。
「俺が何か言ったところで、アイツが黙って従うわけねーだろ」
「……それもそうだな」
真白の言葉にその通りだと納得してしまった葵は、何だか疲れた顔をしているように見える真白に、少しだけ同情してしまった。
「お待たせ」
厨房に引っ込んでいた朔夜が戻ってきた。今は夜の開店前の時間帯であるため、店に他の客の姿は見られない。
「これ、最近店で出し始めたばかりのメニューなんだ。水無月っていう和菓子だよ」
和皿に載せられているのは、三角の形をした和菓子だった。白いういろうに甘く煮た小豆をのせ固めたものだ。
「あ、ボク、これは食べたことがあるよ」
時雨が水無月を見ながら嬉しそうに言う。
「そっか。時雨くんと東雲さんは京育ちだもんね」
「……京都に
どうして京都育ちだと水無月を知っているのか、分からない真白が尋ねる。
「うん。水無月は京都市が発祥だって言われているんだよ。京都では六月半ば頃になると、多くの和菓子屋さんでこの水無月が並ぶんだって。老舗の人気店に並ぶ水無月なんかは、完売するところも少なくはないらしいよ」
「……本当によく知ってんな」
葵が感心したように言う。
「それからね……この三角の形は氷の形をイメージしていて、上にのっている小豆は邪気払いっていう意味があるんだよ。京都では夏越の祓が行われる六月三十日に、一年の残り半分の無病息災を祈念してこれを食べる風習があるんだよね?」
「朔夜くん大正解! さすがだね」
時雨がパチパチと拍手をする。
「付け足すと、暑気払いとして、昔は六月一日に氷を食べる風習があってね。この和菓子も、暦と同じ水無月って名前が付けられたんだって。昔の人にとって氷は高価で手に入らないものだったから、氷に似た食べ物を食べることで夏バテ予防をしてたんだって、本に書いてあったよ」
「おぉ、凄い凄い」
時雨に煽てられて、朔夜は嬉しそうにぺこぺこと頭を下げながらはにかんだ。
よく分からぬままに、時雨につられた妖怪も小さく拍手をしている。
「でも、時雨くんたちも由来を知ってたんだね」
「うん。ボクらは京都にいた頃、色々と良くしてもらってた人に水無月をご馳走してもらったことがあったんだ。そこでその人に教えてもらったんだよ。ね、葵」
「……あぁ」
葵は短い言葉を返すと、時雨からフイッと視線を逸らした。
朔夜は葵の様子に少しの違和感を覚えながらも、持ってきた水無月と熱いお茶を皆の前に置いていく。
「食べながら話を聞くから、君も良かったら」
「あ、ありがとうございます……」
か細い声で礼を言った白い着物をきた妖怪は、一口大に切り取った水無月をパクリと口に含んだ。その瞬間、顔にパッと喜色が広がる。
「も、もちもちしてます……美味しい……」
「その食感もまた良いんだよね。気に入ってもらえたならよかったよ」
二口三口と水無月を食べて茶も飲んだ妖怪は、ふぅ、と小さく息を吐き出すと、膝の上で掌を握って、目の前に腰を下ろした朔夜の顔をジッと見据えた。
「あ、その、お話しというのは、ですね……」
「うん、何かな?」
「わ、わわ、私の、こ……」
「こ?」
妖怪はゴクリと生唾を飲むと、絞り出すように声を出す。
「こ、恋の相談に……のってもらいたいんです!」
「「……恋の相談?」」
ぽっと頬を赤らめ、恥じらうような声音で告げられた言葉に、朔夜だけでなく、その場にいた他の面々も不可解そうに首を傾げた。
正に恋する乙女といった表情をしている妖怪と、きょとんとしている朔夜を順に一瞥した真白は、また厄介ごとに巻き込まれてんじゃねーか、と溜息を吐き出したのだった。
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