第五十三話 水無月の再訪
キャンプから無事に帰還した朔夜は、週明けの学校を終えて、真白と共に帰り道を歩いていた。
天気は生憎の曇り空で、今にも降り出してきそうだ。しかし茨木童子に傘を持たされていた二人は濡れる心配をする必要がないため、特に急ぐこともなくのんびりと帰路に就く。
「ねぇ、真白はさ、妖宴の会ってのに参加したことがあるんだよね?」
「あ? ……まぁ、あるけど」
昨晩、妖宴の会とは何なのか聞いてみたところ、組の皆に「当日のお楽しみ」と言われてしまった朔夜は、本人の了承も取られぬままに、週末に開かれる謎の会に参加することが決まっていた。
「それってどんな会なの?」
「……ただジジイ共が集まって酒飲んでるだけの、クソつまんねー会だよ」
何か思い出したのか、真白は嫌そうに眉を顰めている。
朔夜が後で魁組四天王の皆に聞いたところ、一度だけ強引に連れられていき参加した際に、真白は出し物として剣舞を披露したそうなのだ。しかしそれを見た女妖怪たちに詰め寄られて大変だったらしい。
真白は口は悪いが、黙っていれば儚げな雰囲気を感じさせる美少年にしか見えないため、それは致し方ないことだったのだろう。
「あ、東雲さんと時雨くんだ。おーい!」
話しながら歩いていれば、朔夜は前方に見知った二人を見つける。真白が制止するよりも早く、笑顔で駆け寄った。
「朔夜くん、それに真白くんも」
「そういえば、二人とも帰る方角は同じだよね」
「うん、朔夜くんたちの家から十分も歩けば着くよ」
「へぇ、結構近いんだね」
「良ければ今度遊びにおいでよ」
「うん、ぜひ行かせてもらうね」
談笑する朔夜と時雨に対して、残された二人はぶすっとした顔で黙ったままだ。
「そういえばボク、前から思ってたんだけど……」
そんな葵と真白を順に見遣った時雨は、ニコリと笑いながら、葵たちにとっては聞き捨てならない台詞をさらりと口にした。
「葵と真白くんって、どことなく雰囲気が似てない?」
「「……はぁ?」」
「あ、それ、僕も思ってた!」
「「似てねぇよ!」」
「ほら、息ピッタリ」
朔夜も同意すれば、葵と真白は揃って否定の声を上げた。
綺麗に重なった声に、時雨に面白そうに笑っている。
葵と真白は、不服そうな顔でチラリと視線を交わし合いながら「「(真似すんじゃねーよ)」」と、内心でも似たようなことを考えていた。
そんなやりとりをしながら楽しく(?)帰路に就いていた四人だったが、そこに、人ならざる者の気配が現れた。
葵は瞬時に式札を取り出して身構える。
「誰だ」
「……あ、君は、」
葵の視線の先を辿った朔夜は、現れた妖怪を見て、その顔にパッと喜色を宿した。
――三つの目に、耳元まで裂けた口。そして、地面につきそうな長い黒髪。
おどろおどろしい雰囲気を纏っているこの妖怪は、以前葵に滅せられそうになっていた所を朔夜が間に入り、店で酒と練り切りを食べて帰っていった妖怪だ。
葵は警戒を強めるが、朔夜はのほほんと笑いながら、まるで久しぶりに会う友人に接するかのように声を掛ける。
「久しぶりだね。元気だった?」
「……ゲ、ゲンキ、デシタ……」
「そっか、それなら良かったよ」
「……ア、アノ……コレ、ワタシノ、ハ、ハンリョ、デス……」
「伴侶?」
三つ目の妖怪の後ろから、新たな妖怪が現れる。
「ア、アナタガ、キレイテ、イテクレテ……ウ、ウレシクテ……ダカラ、オモイツタエルノ、ガ、ガンバレタ……ダカラ……アリガトウ……」
「……そっか。好きな人と一緒になれたんだね」
「ハ、ハイ……」
「よかったね。でもね、僕は何もしてないよ。君が勇気を出して頑張ったからだよ」
一生懸命にお礼を伝えてくれる妖怪に相槌を打ちながら、朔夜は優しく微笑み返す。そして、伴侶だという、緑色の皮膚をした傘を被った妖怪に声を掛ける。
「初めまして。僕は魁朔夜って言います」
「……」
「そっか、君も彼女のことが好きだったんだね」
「……」
「へぇ、それで出会ったんだね。素敵だなぁ」
「……」
「うん、そっか。でも、僕はお礼を言われるようなことはしてないから…「って、何で会話できてんだよ!?」
黙って傍観していた葵だったが、妖怪の声を一切聞かずに意志疎通がとれている姿を目にして、思わず突っ込んでしまった。
「え? ……何となく、かな?」
「……はぁ、そうかよ」
理解しようとしたら負けだと諦めた葵は、仲睦まじい様子で寄り添っている妖怪をまじまじと見つめる。
いつもの葵なら、即攻撃を仕掛けていたところだろうが――朔夜が共にいれば、どうせそれも無意味に終わるのだろうと、たった三ヶ月ほどの付き合いで学んでしまったのだ。
「ア、ノ……アナタニ、ショ、ショウカイシタイコ、イテ……」
「紹介って……僕に?」
三つ目の妖怪の背後から、また新たな妖怪が現れた。
目元が長い前髪に覆われていてその相貌まではよく見えないが、その長髪や白い着物を着ている姿からして、女の妖怪なのだろう。
「……あ、あの!」
朔夜たちの耳に届いたのは、どんよりと漂う陰気な雰囲気に反して、鈴を鳴らしたような可愛らしい声だった。
「貴方に、私の話を聞いてもらいたくて来ました。その……私に、助言を頂けないでしょうか?」
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