第五十ニ話 妖宴の会への誘い



「ただいまぁ」


 叢雲山から帰ってきた朔夜と真白は、長い石段を上り、どっしり構えている武家屋敷門の下を潜った。


 一泊してきただけではあるが、妖怪へと変化し数多の妖怪たちと対峙した朔夜の顔には、疲労の色が滲んでいる。

 今日は早めに寝ようと考えながら、朔夜は玄関扉を開けた。その目に飛び込んできたのは――何故か満面の笑みで立っている酒呑童子の姿だった。


「おかえり、朔夜!」

「う、うん。ただいま」


 わざわざ玄関で出迎えてくれるだなんて、何かあったのだろうか。

 朔夜の訝しそうなまなざしに気づいた酒呑童子は、此処で待ち構えていた理由を話す。


「朔夜。お前、妖怪の姿に変化したってのは本当か?」

「え? ……あぁ、うん。したけど……」


 「それがどうかしたの?」と続けようとした言葉は、酒呑童子の大声で掻き消された。


「聞いたかお前ら! 今日は宴だ!」

「「「おー‼」」」


 奥の方から、組の妖怪たちが一斉に姿を現した。

 どうやら各々身を潜めて、控えていたようだ。


 魁組四天王の隊長である星熊童子や、自称無気力代表の熊童子は、朔夜に向かって手製の紙吹雪を散らしている。

 ムードメーカー的存在の虎熊童子は、クラッカーの紐を真白の顔面目がけてぶっ放してしまい、物凄い目で睨みつけられている。

 影の功労者であり苦労人の金童子は、そんな虎熊童子の姿を見て、溜息を漏らしていた。


「ま、待ってよ。何でこんなお祭り騒ぎになってるの……?」


 困惑する朔夜の問いに答えてくれたのは、茨木童子だった。

 朔夜と同じように、その顔には困惑と呆れの色を宿してもいるが、その顔は他の者たちと同じように、どことなく嬉しそうでもある。


「朔夜様が妖怪化なされたということは、魁組の妖怪を率いる者として、将来的には正式に組を継ぐことができますから。皆喜んでいるのですよ」

「そうだぞ! これで魁組も安泰だな。安心して後を継がせられる」


 茨木童子の言葉に続けて、酒呑童子は喜々とした表情で朔夜の肩を叩いた。

 しかし、朔夜からのまさかの返答に、酒吞童子は表情をピシリと強張らせる。


「え、何言ってるのさ。僕、この家を継ぐ気なんてないよ」

「……あぁ? どういうことだ、朔夜」


 酒呑童子は、朔夜に詰め寄った。

 日々小料理屋を手伝い、和菓子作りにも精を出し、組の妖怪たちとも良好な関係を築いている朔夜が拒否するなど、考えてもいなかったのだ。


「お前、店の方にも熱心に顔出してるじゃねーか」

「それは、お店の方の話でしょ? 和菓子作りは勿論、もっと料理の勉強もして、正式にお店で働くのもいいなぁとは思ってたけど……組を継ぐなんて言った覚えはないよ」

「……駄目だ。組を継ぐ気がないなら、店も継がせん」


 酒呑童子はムッとした顔でそう言うと、ツンとそっぽを向いた。


「頭は、またそんなことを……」


 現頭領の子どもじみた言動に、茨木童子は呆れ顔で小さく嘆息する。


「……分かった。まぁ、その話は追々でいいだろう。それより朔夜」


 酒呑童子は気を取り直した様子でそう呟くと、朔夜の両肩に手を乗せる。


「真の妖怪へと姿を変化させられたんだ。お前には、今度の“妖宴ようえんの会”に参加してもらう」

「妖宴の会? ……何それ?」


 聞き馴染みのない言葉に、朔夜は首を傾げた。

 隣で話を聞いていた真白は、その“妖宴の会”の正体を知っているようだ。


「……めんどくせぇ」


 酒呑童子たちには聞こえないくらいの小声でそう漏らしたのを、真横にいた朔夜だけは、しかと聞き取っていた。真白の顔は、その言葉通り、心底面倒くさいと言いたげに顰められている。


「そこで朔夜のことも紹介しねーとな」

「そうですね!」

「いやぁ、今回の宴は盛り上がりそうだ!」

「そうと決まれば、おれは準備をしねーと!」

「おう、オイラもだ! 朔夜様の晴れ舞台だからなぁ!」


 一人、何も知らない朔夜を置いてけぼりにして――酒呑童子の弾んだ声に賛同した妖怪たちの声が、屋敷内に響き渡っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る