第五十話 血分けの儀
「出てきていいぞ」
岩場に座ったまま静かに夜空を見上げていた朔夜は、視線は闇夜に浮かぶ三日月から外さぬまま、誰かに声を掛ける。
「お前……妖怪の姿になると、性格まで変わんのかよ」
現れたのは、近くの岩場に隠れて紗狐との会話を盗み聞きしていた、真白だった。
人間に化けている際の金色の髪は、雪のように真っ白な色に染まっており、その髪からは白い二本の角が覗いている。瞳の色は褐色から深紅へと色を変えていた。
真白は改めて、妖怪へと変化した朔夜の姿をジッと見つめる。
いつもの朗らかでのほほんとした雰囲気は見る影もない。妖怪時の朔夜は、静かで寡黙という言葉の方がしっくりしる。
けれど、目の前の妖怪が朔夜本人であるということは、ずっと側で見守ってきた真白が一番よく分かっていた。
「……朔夜。俺と血分けの儀をしてくれ」
「……オレと真白が?」
突然の真白からの提案に、朔夜は小さく首をひねる。
「あぁ。お前がその姿になった時……一番に主従の契りを結ぶのは、俺だろ」
妖怪の世界には、その力の差や種族、価値観などの違いによって、数多の派閥や上下関係が存在する。
現在の妖怪の世界で特に名を馳せている大きな勢力は、三つ存在していた。朔夜の父親が頭領を務める魁組は、その中の一つだ。
真白も魁組の一員であり、大きく括れば酒呑童子の従者という位置づけにはなるが、真白は今まで誰とも“主従の契り”を交わしたことはない。
主従の契りといっても様々な手段があるが、その中でも、最も強固な結びつきを為せるものが、“血分けの儀”と呼ばれるものだ。
妖力の強い者から弱い者へと、自らの血液を分け与え、その際に互いが主従関係を望むことにより、強固な結びつきが生まれるのだ。
下位に当たる者の身に危険が迫った時には離れていても感知することができ、また、二人揃うことによって力を増幅させることもできる。
「……いいのか? その相手がオレで」
妖力の強い者は複数人に血液を分け与えることができるが、従者に当たる者は、基本は一人からしか血液を分け与えてもらうことはできないのだ。
そのため、この“血分けの儀”は、元々強固な信頼関係がある者同士や、婚姻を結んだ者同士などが行うことがほとんどだ。
妖怪から人間に分け与えることも可能で、この行為は一般的には力のない人間を守るために使われている。そのため、朔夜の両親も、この“血分けの儀”をしていたのだと聞いている。
「お前でいいんじゃない。俺は、お前がいいんだ。――朔夜」
深紅の瞳に真っ直ぐ射抜かれて、朔夜は緩く口端を持ち上げる。
「……あぁ、分かった」
朔夜が親指の腹を噛めば、真っ赤な鮮血が零れ落ちる。その指を差し出せば、真白は膝をついて、その手にそっと触れた。
真白の赤い舌が、朔夜の指から流れる血液を舐めとる。最後にその指に柔く口づけた真白は、心に誓った。
――この身に代えても、主を守ることを。
「……なぁ。一つ言っておくが、」
朔夜は、膝をついたままの真白を見下ろしながら言う。
「これでオレたちは、一心同体ってやつだろ。だから……自分を犠牲にするような真似だけは、すんじゃねーぞ」
「……はぁ。分かってるよ」
朔夜のためなら、自分などどうなってもいと、自身を蔑ろにする気満々な真白の心の内など、朔夜にはお見通しだった。
真白の返答に、朔夜は満足そうに頷く。
これで、朔夜と真白の間に、正式に主従の契りが結ばれた。
二人の中で――互いの魂が引き寄せられ、強固な結びつきが生まれたのを感じる。
「なぁ、真白。これでお前は、正式にオレの従者になったってことだよな」
「……こんな儀式しなくても、俺はとっくにお前の
真白の唇の端に付いた赤を指の背で拭いながら、朔夜はニヤリと艶やかに笑う。
真白はムッとした顔でぶっきらぼうに返しながらも、直ぐにその口許を緩めて、穏やかな表情で目を細めた。
――柔らかな月光の下、叢雲山にて。
二人の絆は、より強固なものになったのだ。
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