第四十四話 望まぬ力
「うわ、葵がきたぞ! あっち行けよ!」
「そうだよ! こっちくんなよ!」
「……っ、何で、何で仲間に入れてくれないの……?」
肩下まで伸びた長い黒髪を揺らしたのは、少女と思えるほどに愛らしい顔をした、もう直ぐで十歳の誕生日を迎えることになる少年だった。今にも泣きだしそうな顔で、グッと唇を噛みしめている。
「お前なんか仲間に入れてやるわけねーだろ!」
「お前、気持ち悪いんだよ! 前も一人でブツブツ喋ってたし!」
「俺らに話しかけんじゃねーよ! 男女!」
遊具で遊んでいた子どもたちは、バタバタと足音を立てて駆けていった。
黄昏色に染まった公園で、取り残された一人の少年が、ポツンと佇んでいる。
「葵、こんな所にいたんだね」
子どもたちの声も遠のき、公園は静寂に満ちていた。そこに、整った顔をした、着物姿の青年が現れる。
俯いていた葵は顔を上げると、乱暴に目元を擦って青年を見上げた。
「……お兄ちゃん」
「ん? どうして泣いているの?」
「……な、泣いてない! ただ……皆が、仲間に入れてくれなくて……」
「あぁ……さっきすれ違った子たちだね」
「……ぼくだって、皆と一緒に遊びたいのに……それにぼくも、髪の毛、短くしたいよ。タケシくんみたいに、ぼくも坊主にする……!」
葵に懇願するようなまなざしで見上げられた青年は、困り顔で笑いながら、葵の丸い頭をそっと撫でる。
青年は葵の艶やかな黒髪が好きだったから、坊主にしてしまうのは勿体ないな、と。そう思いながら。
けれど、坊主になどできない一番の理由は――もっと別の所にあるのだ。
「それは、難しいかもしれないね」
「っ、何で?」
「東雲家は、代々、特別な力を持つ者が生まれる家系なんだって……葵を何度も教えられたよね? 本来なら女の子がその能力を授かって生まれてくるはずなんだけど……男の子である葵が、その能力を授かった。それが他のお家の人に知られてしまうとね、葵が後ろ指を指されたり、危険な目に遭ったりするかもしれないんだよ。だから、坊主は難しいかな。……葵にとっては、辛いと思うけど……」
「っ、ヤダ‼ ぼく、そんな能力なんていらないよ! だから男の子になって、皆と遊びたい! 女の子の振りなんて、したくないよ!」
「……うん、そうだよね。僕が変わってあげられたら良かったんだけど……。ごめんね、葵」
悲しそうに、辛そうに――ひどく苦しそうに。
眉を下げて微笑んでいるこの青年は、葵と血の繋がりは一切ない。訳あって、東雲の家に居候しているだけの男だった。
けれど葵にとっては、穏やかで優しくて、春の花を思わせるように柔らかに笑うこの青年のことを、本当の兄のように慕っていた。
葵は、この優しすぎる青年を、悲しませたいわけではなかった。困らせたいわけでもない。笑っている顔が好きだから。そんな顔しないでよ、と思う。
しかし葵は、この歳でたくさんのことを我慢して生きていた。我儘を言うことも許されなかった。
東雲家の特別な能力を授かり生まれた子どもとして、東雲家のことや、妖怪のこと、陰陽術に体術、剣術、その他たくさんの勉強を……来る日も来る日も、毎日毎日、繰り返して生きていた。
だからこそ、家の者には絶対に言えない、心の奥底に隠した悲しみや苦しみを、つい吐き出してしまう。
この青年は、弱くて情けなくて臆病な自分を――決して否定しないと分かっているから。
葵は一人ぼっちの悲しみを我慢できるほど、大人ではなかったからだ。
「けけっ、ニンゲンの子が泣いとるぞ」
「ホントじゃ、ホントじゃ。坊や、人の子はもうお家に帰る時間じゃぞ」
ぽろぽろと涙を流す葵の耳に、耳馴染みが良いとはとても言えない、しゃがれた声が届いた。顔を上げた葵の目に、葵と同い年くらいに見える少年少女二人の姿が映る。
「あれは……妖怪たちだね」
「あれも、妖怪なの……?」
「そうだよ。あれはね、人の形をした妖だ」
泣いている葵を指さして、クスクスと笑っていた妖怪たちだったが、青年と目が合うと――笑うのを止めて、その場からスッと姿を消してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます