第四十話 誘(おび)き出し、誘(おび)き出される



 魚釣りを楽しみ、山の中を軽く散策した朔夜たちは、夕食には皆でカレーライスを作った。真白が釣りあげたニジマスは、串刺しにしたものを炭火焼きにして食べた。


 普段から料理をしている朔夜はもちろん、朔夜の手伝いをすることもある真白も手際がよく、その包丁さばきを見た瑞樹や蛍は「おぉ!」と感心した声を上げていた。

 尊敬にも似たまなざしを向けられた真白は、少しだけ居心地が悪そうにしていたが。


「でも、この山に本当に妖怪がいるのだとしたら……一体どんな妖怪がいるんだろうね」


 食休みをしながら各々のんびりしていた中、独り言を漏らすような声量で瑞樹が呟いた。この間、子狐の妖怪や葵が作り出した宙を漂う火の玉を実際に目にしたことで、今では瑞樹も、妖怪の存在をすっかり信じきっているらしい。


 それに瞬時に反応したのは蛍だ。

 丸眼鏡を怪しく光らせながら「フヒ……」と不気味な笑い声を漏らす。


「ぼ、僕の予想では山姥じゃないかなって思うんだ。その名の通り山に棲んでいると云われている妖怪でね、元々は山の神に仕えていた巫女が、妖怪化したものと考えられているらしいんだ。山に住んでいた人々が離れて暮らすようになって、山の神に対する信仰が薄くなったこともあって、落ちぶれて妖怪になってしまった、なんて説もあるんだよ! フヒ、フヒヒ……あ、それに水場も近いから、河童なんかの線も濃厚じゃないかと思うんだ! あ、それに……!」


 ペラペラと饒舌に話している蛍は、完全に自分の世界に入ってしまっている様子だ。その口は止まることなく、妖怪に関しての知識を休むことなく吐き出し続けている。


 そんな蛍を見た真白は、ボソリと一言。


「……和菓子のこと話してるお前と一緒じゃねーか」


 目を輝かせて和菓子語りをする朔夜の姿を思い浮かべて、真白は意地の悪い笑みを浮かべて言う。


「えっ、僕? ……へへ、そうかな?」

「……何でちょっと嬉しそうなんだよ」

「え? いや、僕もこんなに楽しそうに話してるのかなって思うと、ちょっと嬉しいような、照れくさいような気持になっちゃって」


 怪しげな笑い声を漏らしながらブツブツと話し続けている今の蛍は、誰の目から見ても、ちょっぴり不気味な姿に映りそうなものだが――朔夜の目には、この蛍の姿が、好きなことを楽しそうに、溌溂とした様子で話している風に見えているらしい。


 朔夜の返しに、真白は呆れ笑いを浮かべて「ばーか」と頭を軽く小突いた。


 真白は、自身が素直な性格ではないという自覚がある。

 だからこそ、好きなことを、好きなものを、素直に認めて言葉にできてしまう朔夜のことが、真白は羨ましかった。でもそれ以上に――そんなどこまでも真っ直ぐな朔夜だからこそ、強く惹かれて、傍にいたいと望むのだ。



 ***


「そ、それじゃあ、少しだけ仮眠をとってから、散策に行くってことで、いいかな?」

「うん、そうしよう」


 五分ほど話し続けて我に返った蛍は、顔を赤らめながらペコペコと頭を下げていた。


 現在の時刻は夜の二十時過ぎ。

 夜も深い時間帯の方が、妖怪の出現率もグッと上がるだろうとの蛍の提案で、二時間ほどの休息をとってから山中の散策に繰り出すことが決まった。


「し、東雲さん。あの、何かあれば……声を掛けてね」

「えぇ、ありがとう」


 女子という立場であるため、一つのテントを一人きりで使うことになった葵に、蛍が声を掛けている。

 蛍くんは優しいなぁ、と朔夜はほっこりしながら、隣で不貞腐れた顔をしている真白に視線を移した。


「真白、まだ怒ってるの?」

「……怒ってねぇよ」

「ごめんってば。でも……時雨くんは妖怪だけど、僕たちに何か危害を加えようだなんて、絶対に考えてないと思うよ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うんだけど……」


 瑞樹たちには聞こえないように、朔夜は声を潜めて話す。

 しかし真白はむっつりと口を閉ざしたまま、そっぽを向いてしまった。


 真白が不機嫌になってしまったのは、つい先ほど行われた、寝泊まりするテントの班分けが原因だった。葵が一人で一つを使うことになるため、残り二つを三人と二人で分かれて使うことになる。

 最終的には、朔夜と真白、蛍と瑞樹と時雨にそれぞれ分かれてテントを使うことになったのだが――時雨が「朔夜と一緒のテントが良い」と声を上げたため、暫し揉めることになったのだ。


 時雨の言葉は瞬時に真白に却下されたのだが、朔夜が「別に僕は一緒でいいよ」と平然と答えたことが、真白的には許せなかったようだ。


 真白は未だに時雨と葵のことを警戒しているため、その気持ちも分からなくはないのだが……朔夜は、時雨と葵に対しての猜疑心といったものは全く持っていなかった。むしろ友達だと完全に心を許している。

 そんなぽやぽやした朔夜の護衛を任されている身であるからこそ、真白は余計に気を張らざるを得ないのだ。


「そ、それじゃあ、また二時間後に」


 蛍の言葉で各々割り当てられたテントに姿を消し、辺りはシンと静まり返った。


 しかし、それから十五分後。

 散策開始時刻まで、まだまだ時間があるというのに、テントから誰かが顔を出す。


 その人物は気配を消したまま静かにテントを抜け出すと、誰に声を掛けることもなく、一人で山奥へと姿を消してしまった。


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