第三十八話 端午の節句は柏餅
歩き始めてから二十分ほどで、キャンプができる敷地に到着した。
さぁ皆でテントを張ろうというところで――瑞樹からストップがかかる。
「待ちたまえ。テントの準備なら、もう出来ているよ」
「え? 出来ているってどこに……」
「あそこだよ」
瑞樹が指を向ける先を辿れば、そこには――。
「……って、いやいや、いつの間に準備してたの!?」
四、五人は余裕で寛げそうなサイズのテントが三つ、綺麗に横並びで設置されている。
「え? いつって……一時間程前じゃないかな? 爺やたちが準備してくれたんだよ。居住性・耐久性共に抜群だし、デザインも活かしているだろう?」
瑞樹はさも当然といった口ぶりで話しているが、想像以上に立派なテントが立てられていたため、朔夜と蛍は呆けた顔をしている。
「ぼ、僕、あのテント、通販サイトで見たことがあるんだけど……た、確か、一つで、十数万は、し、した気がするよ……」
「え? そんなにするの……!?」
「う、うん。ピンからキリまであると思うけど……あのテントは、すごく良いやつだと思う」
蛍の漏らした言葉に、朔夜は驚きの声を上げる。
キャンプ用品には元々疎い朔夜だったが、まさかテント一つがそこまで値が張るものだとは知らなかったのだ。
「め、迷惑だったかな……?」
楽しげに話していた瑞樹だったが、今は僅かに肩を落として、どことなく声にも覇気が感じられなくなったように思える。
瑞樹は実家が金持ちであることを驕るつもりはないが、これまでもその価値観の違いで、クラスメイトと微妙な雰囲気になることがあったのだ。
「ううん、そんなことないよ。瑞樹くんが準備してくれたおかげで、その分の時間、皆でゆっくり散策もできるしね! ありがとう」
しかし朔夜の裏表のない感謝の言葉を聞いて、瑞樹の表情は和らぐ。
「う、うん、朔夜くんの言う通りだよ……! テントとか、張ったことないから、ちゃんと張れるかなって、ちょっと不安だったし……あの、だから、ありがとう」
「二人とも……」
朔夜と蛍の言葉に、瑞樹はジーンと胸を打たれた様子で頬を薄っすら赤く染めている。
ほのぼのとした雰囲気が流れる三人を、残りの三人は輪に加わることはせずとも、目を細めてそれを見守っていた。
「……あ、そうだ。僕おやつを持ってきたんだ! 良かったら皆で食べよう」
六人は少し休憩しようと、テントの中に入って腰を落ち着ける。
朔夜がリュックサックか取り出したタッパーをあければ、綺麗に並べられた朔夜手作りの和菓子が姿を現した。
「これは……柏餅だね」
「うん、瑞樹くん大正解! 五月は端午の節句もあるし、お店に来てくれるお客さんにもサービスで出してるんだ」
「か、柏餅を食べるの、久しぶりだなぁ……!」
各々一つずつ柏餅を手に取って、上半分の柏の葉を剝いてから、ほぼ同じタイミングでパクリと齧りつく。
「っ、美味しい……! 朔夜くん、すごく美味しいよ!」
「うん。餅も柔らかくて、餡の甘さも上品だ。流石朔夜くんだね」
「へへ、ありがとう」
蛍と瑞樹に褒められた朔夜は、照れ臭そうに笑いながら、いつもの“和菓子豆知識”を口にする。
「この餅に巻いてある柏の葉はね、新芽が出るまで古い葉を落とさないんだ。つまり、葉が付いていない期間がとても短いんだって。だから“家系が途切れない”っていう意味をかけて“子孫繁栄”の願いを込め、男の子の成長を祝う端午の節句に食べられるようになったんだって」
「へぇ。やっぱり朔夜くんは物知りだね」
時雨は指に付いた餡をぺろりと舐めとりながら、隣で静かに柏餅を頬張っている葵に目を向ける。
「葵ちゃん、もう一つ食べる?」
「っ、……大丈夫よ」
「そんな、遠慮しなくていいのに」
「……それを言えるのは、魁くんじゃないの?」
揶揄い半分の笑みを向けられていることに気づいた葵は、緩んだ表情を引き締めてから、ニコリと作った笑みを返す。
「はい。東雲さんも、たくさん食べてね」
時雨との会話は聞こえていなかった朔夜が、タッパーに入った柏餅を葵に差し出す。
「……それじゃあ、もう一つ貰うわ」
「うん!」
葵は数秒ほど迷った末に、二個目の柏餅に手を伸ばした。
小さな口を開けてパクリと頬張れば、口の中いっぱいに優しい甘さが広がり、その口許を無意識に緩める。
それを隣で見ていた時雨は、葵にはバレないようにと真白の方に顔を背けながら、楽しげに笑う。そして、それを目撃した真白に、また不審人物を見るような冷めた目を向けられていたのだった。
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