第三十七話 叢雲山



 朔夜たち“妖怪研究同好会”一同は、バスに揺られていた。

 向かう先は、最近とある噂が立っている、月詠町の外れにある叢雲むらくも山だ。


「でも、本当にあの山に妖怪が出るのかい?」


 バスを降りて山頂を見上げた瑞樹が、蛍に尋ねる。


「う、うん。目撃情報もたくさん集まってるし……行ってみる価値は、あると思うんだ……!」


 今回この叢雲山に来ることになったのは、蛍の妖怪情報サイトに多数の目撃情報が集まったからだ。不気味な話し声や誰かの気配を感じるのに、そこには誰もいない、という現象が相次いで起こっているらしい。


「だが、僕は以前この山で登山をしたことがあるけれど、その時には妙な気配なんて全く感じなかったよ?」

「へぇ、瑞樹くんは登山をしたことがあるんだね!」

「あぁ、一度だけね。気晴らしにって、爺やと一緒に登ったことがあるんだ」


 朔夜も横に並んで山頂を見上げてみた。

 気持ちのいい青空が広がり、鮮やかな緑で満ちた山々は清々しさすら感じる。此処に妖怪が出るなんて、と瑞樹が考えてしまうのも頷けると、朔夜は思った。


 けれど妖怪とは偏に言っても、その種類から性格まで様々であることは当然だ。自然を好む妖怪がこの山を住処にしていても、何らおかしなことではない。


 ただ悪戯に人を脅かして楽しんでいるようなら、その時は止めてほしいことをきちんと伝えたいと、朔夜は考えていた。


「と、とりあえず、受付に行こうか」

「うん、そうだね」


 朔夜たち一行は、この叢雲山で、一泊二日のキャンプをすることになっていた。


 麓には小さな山荘もあり、そこに宿泊することもできるのだが、朔夜たちは妖怪との遭遇を目的としているため、今回は山中で寝泊まりすることに決めたのだ。

 目撃情報全てが、テント泊をしていた観光客から寄せられたものだったというのも決め手だった。その方が、遭遇の可能性もグッと上がるだろう。


 受付を済ませてテント指定地に向かっていた道中。

 蛍がチラチラと、物言いたげな視線を葵に向けている。


「……どうかした?」


 そのまなざしに直ぐに気づいた葵は、その視線のわけを自ら尋ねる。声を掛けられた蛍は、気づかれているとは思っていなかった様子で、気まずそうな顔をしている。


「あ、えっと、その……東雲さんは女の子なのに、僕たちと一緒にキャンプなんて、い、嫌じゃないのかなって……」

「あぁ、確かにそうだね。東雲さんは先に帰るかい? それなら、僕が迎えを手配しておくよ」


 蛍の言うことに賛同した瑞樹も頷いた。気を利かせ、送迎を頼むためにスマホを取り出そうとするが、葵はそれを制する。


「ううん、大丈夫。私、そういうの、全然気にしないから」

「で、でも……」

「大丈夫だから。……ね?」


 威圧感を感じる「ね?」に、蛍はコクコクと頷く。瑞樹も、本人がそこまで言うなら、と納得した様子で、スマホを取り出すのを止めた。


「で、でも、朔夜くんは、いいの?」

「え? 僕?」

「あ、いや、朔夜くんってこういう時、その、すごく優しいから……こういうの、気にして声を掛けてるイメージがあって……!」


 蛍は自らの発言に気まずそうに口許を抑えながら、言い訳じみた言葉を早口で並べ立てる。

 確かに普段の朔夜なら、女子相手に気遣いの言葉の一つでも掛けていたことだろう。しかし朔夜は、葵が本当は男だという事実を知っている。


「えーっと、東雲さんは何ていうか……」


 蛍たちに葵が男だという事実を勝手に話すわけにはいかないため、朔夜は苦し紛れの言葉を紡ぐ。


「その、あんまり女の子って感じがしないっていうか……」


 それを聞いた蛍と瑞樹は、キョトンとして顔を見合わせた。


「そ、そうかな? むしろ東雲さんって、すごく……お、女の子って感じがすると思う、けど……」

「うん、僕もそう思うよ」


 二人から不思議そうなまなざしを向けられた朔夜は、胸の前で小さく手を振って、言葉を付け加える。


「あ、でももちろん、いい意味でだよ! 話しやすいって意味!」

「ふふ、ありがとう魁くん」


 黙って話を聞いていた葵は、完璧な作り笑顔でお礼を言ってから、次いで蛍と瑞樹に顔を向ける。


「二人も、ありがとう。女の子らしいって言ってもらえて嬉しいわ」


 花もほころぶような、愛らしい笑みだ。しかし実際のところ、完璧に女子に見えていることが分かって、葵は内心でほくそ笑んでいた。


 けれど当然、そんな葵の胸中など二人は露とも知らない。


「フッ、礼を言われるようなことはしていないさ」


 瑞樹は前髪を掻き上げながら格好つけたポーズでウィンクをしているし、女子に免疫のない蛍は、顔を赤くして挙動不審に見えるほどに視線を彷徨わせていた。


 そして、そんなやりとりを見ていた時雨は影で忍び笑いを漏らして、真白に胡乱気な目で見られていたのだった。


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