第三十五話 受け継がれる力



 飲んで食べての楽しい宴は、夜遅くまで続けられた。


 大量のアルコールを摂取して上機嫌の赤髪の妖怪は、葵にまでウザ絡みをしていた。ガハハと笑いながら、その薄い肩に腕を回している。


「にしてもオマエ、ほんとに旨そうな匂いがすんだな。長年生きてきたが、オマエみてーな人間に会ったのは初めてだ」

「……あぁ?」


 葵は不快そうに眉を顰めて、赤髪の妖怪の手を払いのける。しかしそんな態度をとられても尚、妖怪はケラケラと笑い続けているばかりだ。


「じゃが、そやつの言う通りじゃ。これまでも苦労してきたじゃろうが……お前さん、気をつけた方がいいぞ。この地は妖怪で溢れておるからなぁ。お前さんの“匂い”に惹きつけられて近づいてくる輩もおるじゃろう」


 五月雨様が憂わし気な表情で続ける。


「……それが目的で、此処まで来たんだ。むしろ好都合だよ」


 しかし葵は、そんなこと分かっていると言わんばかりの態度で、すげなく返す。


「ねぇ、東雲さん。今のって……どういう意味?」


 “匂い”に惹きつけられて近づいてくるとは、一体どういう意味だろうか。

 朔夜はその言葉の意味を問うた。


「……」

「……」


 葵はむっつりと口を引き結んでいたが、朔夜から無言で突き刺さってくる視線に根負けして、渋々口を開く。こういう時の朔夜は、見かけに反して意外と強情なのだ。


「……東雲の家は、古くから、特別な力を持つ者が生まれる家系なんだ。その特別な力ってのが“妖力を高める能力”で、その力を受け継ぐものは、代々女であると決まっていた」

「妖力を高める能力……? え、でも東雲さんは、本当は男の子で……」

「ああ、そうだ。男として生を受けたオレが、その力を授かって生まれちまった。だからその事実が露見しないように、性別を偽ってんだよ」


 何故葵が女の振りをしているのか、その理由までは知らなかったため、朔夜は得心がいったと小さく吐息を漏らす。

 そばで聞き耳を立てていたらしい赤髪の妖怪は……何故か目元を腕で覆い隠している。気づいた葵は、訝しげに赤髪の妖怪を見た。


「……何やってんだ、お前」

「べっ……別にオレは、泣いてねーからな! うるっとなんてきてねーぞ……!」


 どうやら、ザ・妖怪といった悪どい見た目に反して、意外にも涙もろい性格らしい。葵の複雑な生い立ちを知って、少なからず心を痛めたようだ。

 膝元にいる小妖怪たちも、つぶらな瞳をうるうると潤ませている。


「……他言無用だからな。そこのお前も」


 葵は赤髪の妖怪達から視線を外して、朔夜と真白に、順に目を向けた。


「そんなメンドクセーこと、いちいちしねーよ」


 真白は興味がなさそうに、そっぽを向いて答える。


「……そっか、そうだったんだね。それじゃあこれからは僕も、東雲さんのことを守るね!」


 俯いていた朔夜は、パッと顔を上げたかと思えば、何かを決心したような面持ちで葵を見つめる。そして、飛び出た“守る”発言に――葵は一拍遅れて、素っ頓狂な声を漏らした。


「……っ、はぁ!? な、何でそんな話になってんだよ!」

「だって、今までは時雨くん一人で東雲さんを守ってたんだよね?」


 朔夜は確認するように、時雨に目を向ける。

 時雨はニコリと笑いながら、うんうん頷いた。


「わー、朔夜くんが一緒なら、ボクも心強いなぁ」


 時雨は朔夜の両手を取ってブンブンと上下に振るが、間髪入れずに真白が手刀を入れたことによって、その手は直ぐに離れていった。


「別に……お前に守ってもらわなくても、オレは強い。必要ねぇよ」


 葵は朔夜の言葉を突っぱねる。しかし朔夜は引かない。


「だって僕たち、友達でしょ? 僕は東雲さんの力になりたいんだ。だからさ……困った時は、いつでも頼ってね」


 邪気のない無垢な瞳に真っ直ぐ見つめられて、葵はその場から立ち上がる。ガタンと机が揺れて、弾みで割り箸が皿から転げ落ちた。


「……帰る!」

「……え、東雲さん?」


 葵は朔夜の制止の言葉も振り切って、一人店を出ていってしまう。


「……どうしよ。強引に言って、気を悪くさせちゃったかな」


 葵が出ていった障子戸の向こうを見つめて眉を下げる朔夜だったが、ゆっくりと立ち上がった時雨に、優しく肩を叩かれる。


「大丈夫だよ。あれ、照れてるだけだから」


 バチンとウィンクをして微笑む時雨に、朔夜はキョトンとした顔で瞳を瞬いた。


「それじゃあ、ボクも帰るね」


 朔夜の呆けた顔を見てクスクスと笑った時雨は、五月雨様たちに軽く頭を下げて、朔夜と真白に軽やかに手を振り、葵の背を追うように店を出ていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る