第三十四話 胡麻団子



「つまり、時雨くんは妖怪で、東雲さんと契約を結んでるってこと?」

「うん、ざっくり言えばそういうことかな。元々東雲家に仕えてたんだけど、葵が幼い頃に世話係に任命されてね。それからまぁ……何だかんだで一緒にいるんだ」


 時雨はグビグビと速いペースで酒を飲みながら、自身が妖怪であることや葵との関係性について、簡単に説明してくれた。


「だから言ったろ。そいつには気をつけろって」

「え、真白は知ってたの? 時雨くんが妖怪だって」

「当たり前だろ。つーか、逆に何で今まで気づかなかったんだよ」


 朔夜の斜め後ろ、壁に寄りかかって杯を呷っていた真白に尋ねれば、すんなりと肯定される。その顔は、微かに呆れの色を孕んでいるようにも見える。


「……知ってたなら、教えてくれてもいいのに」

「言ったらお前、余計に変なことに首突っ込むだろ」


 真白に咎めるような目で見られた朔夜は、気まずげに視線を逸らす。

 朔夜にそんなつもりはないのだが――自分でも予期せぬうちに厄介ごとに巻き込まれていることが多いのもまた、否定できない事実であるからだ。


「つーか、そっちも妖怪なんだろ」


 葵は真白を一瞥して、朔夜に尋ねる。しかしその言い方は最早、確信を持った問いかけだった。隠し通すのは無理だと直ぐに悟った朔夜は、すんなりと認める。


「うん、そうだよ」

「……やっぱりな」


 葵は頭が痛そうにこめかみを抑えて、眉根を寄せている。

 自分は妖怪を滅するためにこの町に転校してきたはずなのに――気づけば妖怪を滅するどころか、周りを妖怪に囲まれているという、可笑しな事態に陥っているからだ。


「まぁとりあえず、今後のことはまた後で考えればいいよ」


 時雨は葵の耳元で囁くと、大皿から摘まんだ唐揚げを二つ小皿に移して、葵の目の前に置いた。

 数秒ほど無言で唐揚げを見つめていた葵だったが、おもむろに箸を手にとり、唐揚げに齧りつく。揚げたての唐揚げは衣がサクサクしていて、噛めば口内に、肉汁がジュワリと溢れ出てくる。


「……美味い」


 思わず漏らせば、それを耳にした朔夜は嬉しそうに笑った。


「良かった。……あ、そうだ! 確か東雲さん、甘いものも好きなんだよね?」

「まぁ……食べれねーこともねーけど」


 実際、甘いものは大好物だったが、素直に頷くのも気恥ずかしく感じて、葵は敢えてそんな言い方をする。


「それじゃあ、ちょっと待っててね」


 朔夜は立ち上がると、部屋を出て厨房に向かっていった。


 室内の奥の方では、赤髪の妖怪や小妖怪、五月雨様が、朔夜が持ってきた料理を摘まみながら、機嫌良さそうに目の下を赤くしている。

 赤髪の妖怪も五月雨様も、酒には強いのだろう。しかし小妖怪のうち一匹はコクリコクリと舟をこぎ、今にも夢の世界に旅立ちそうだ。


「お待たせ。はい、よければこれもどうぞ」


 戻ってきた朔夜は、芙蓉手ふようでの大皿を机に置く。蓮の花が呉須ごすという藍色の顔料で描かれた青花磁器だ。その上には、丸い球体状の食べ物がこんもりと盛られている。


「ん? それは何じゃ?」


 朔夜が持ってきた皿の上のものに気づいた五月雨様が、尋ねる。


「これは胡麻団子です」


 葵は、皿の上に乗せられた、白胡麻の香ばしい匂いが漂う団子を見てから、次いで朔夜に視線を移す。


「……これも、お前が作ったのかよ」

「うん、よく分かったね」

「へぇ。朔夜くんって、料理も得意なんだ」

「料理が得意っていうか……和菓子作りが好きなんだ。店の手伝いで料理をすることもあるんだけどね」

「和菓子作りが得意なんて、何だか凄いね」

「へへ、ありがとう」


 時雨の感心したような声に、朔夜は照れ臭そうに笑う。


「ってか……これって和菓子なのか?」

「確か胡麻団子って、日本で作られたものではないよね?」


 葵と時雨の疑問の声に、朔夜は重ねてある小皿を一枚ずつ配りながら答える。


「うん。元々は中国で考案された点心料理の一つなんだ。でも今では日本でもメジャーな食べ物になってるし、名称や作り方は少し違うけど、似たようなものを売っている和菓子屋さんも結構あるんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「確か漢の時代に、漢の文帝がある戦いに勝利したことを民衆と共に祝うための行事があったらしくてね。そこで誕生した行事を、元宵節って言うんだって。で、そこで食べる食事の中に「元宵」っていう団子があったらしいんだけど……その元宵とごま団子の作り方は、茹でるか油で揚げるかの違いはあるんだけど、ほとんど似ているんだ。だから、その「元宵」がごま団子の由来だって言われているんだよ」

「……朔夜くん、本当に詳しいんだね」


 つらつらと止まることなく解説をする朔夜に、時雨と葵は半ばポカンとした顔をしている。


「へぇ、勝利を祝う際に食した菓子なんて、強いオレにぴったりじゃねーか!」

「さすが主君!

「主君が一番です!」


 奥の方でどんちゃん騒ぎをしていたはずの赤髪の妖怪も、こちらに視線を向けている。朔夜の解説が耳に届いたようで、舟をこいでいた小妖怪も、完全に目を覚ました様子だ。


「良ければ皆も食べてね」

「おう、いいぜ。小腹も空いてきたところだし、食ってやるよ」

「ですがこれは……本当に菓子なのですか? 甘いのでしょうか?」


 小妖怪も皿を覗き込みながら、こんもりと乗せられた胡麻団子を見て首を傾げている。


「これはね、白玉粉や砂糖を練って作った生地の中にこし餡を入れて、胡麻をまぶして揚げたものなんだ。胡麻の香ばしさや甘みのある餡が特徴の菓子なんだけどね、揚げたてはサクサクした食感も楽しめて美味しいんだよ! でも生地には砂糖も含まれているから、冷めても柔らかい食感が落ちなくて、保存にも適しているって言われてるんだ」

「そうなんですね!」

「それに生地の中にある餡にはごま油を練り込んでいるから、餡本来の甘さをより強く引き立ててくれるんだ! でも僕的にはやっぱり揚げたてが一番好きで――…」


 和菓子トークに火がついたらしく、止まらなくなった朔夜を置いて、赤髪の妖怪や五月雨様は我先にと胡麻団子を頬張った。小妖怪二匹は戸惑いながらも、朔夜の話に律儀にも相槌を打っている。


「へぇ、美味いじゃねーか!」

「……うむ。胡麻の芳しい香りが、口いっぱいに広がるのぅ。これは美味じゃな。この食感も、たまらんのぅ」


 二人とも胡麻団子を気に入った様子で、二つ三つと手を伸ばして食べている。


「良ければ、東雲さんと時雨くんも食べてね」


 真白は朔夜が声を掛ける前に、皿に手を伸ばして胡麻団子を頬張っていた。

 葵と時雨も、胡麻団子がなくなってしまう前にと、小皿に二つ分の胡麻団子を確保してから、一口齧る。


「……んっ、すっごく美味しい!」

「……美味い」


 時雨も気に入った様子で、素直な感想を口にする。葵の声は小さかったが、朔夜の耳にはばっちりと届いていた。


「二人とも、ありがとう」

「……別に。思ったままを言っただけだ」


 葵はフンッとそっぽを向きながら、あっという間に小皿の上を空っぽにし、無言で胡麻団子のおかわりをしていた。


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