第三十一話 絡みついた足枷
「おぅ、やーっと戻ってきたかジイさん……って、何だ? コイツらは」
「さ、さっきの人間……!」
「しゅ、主君! こいつらが、さっき話した人間たちです……!」
つい先ほど葵に滅せられそうになっていた小妖怪二匹が、身を寄せ合いながら葵を指さす。
小妖怪達から“主君”と呼ばれている男――見た目は成年男性に見えるが、ニヤリと笑った口許からは鋭い犬歯が覗き、頭上には緩やかな曲線を描いた黒い角が二本生えている。
「……へぇ。確かに、オマエからは美味そうな匂いがするな」
腰元まで伸びている真っ赤な髪を揺らした妖怪は、ニヤニヤと笑いながら、葵に値踏みするような視線を向ける。
葵の斜め後ろに立っていた時雨が一歩前に出たのと、ガンッ‼ と鈍い殴打音が響き渡ったのは――ほぼ同時のことだった。
「っ、」
「しゅ、主君―! 大丈夫ですか……!?」
どうやら今の重たい音は、五月雨様が赤髪の妖怪の頭に拳骨を落とした音のようだ。後頭部に重たい拳骨を食らった妖怪は、呻き声を上げながら蹲る。
「……ってーな‼ 何すんだよクソジジイ‼」
「ホッホッ、お前さんが馬鹿なことばかり言っとるからじゃ。全く、ちっとは反省せぃ」
五月雨様は朗らかに笑いながら、いつの間にか敷かれていた座布団に座るよう朔夜たちに促した。戸惑いながらも朔夜たちが腰を下ろせば、五月雨様は、此処にいる妖怪たちについて、詳しいことを話してくれた。
この妖怪たちは、西の方からやってきたらしい。色々とあって住処を追い出され、気ままに三人でふらついていたところに、力を持った人間に出くわし、縛りの呪いをかけられてしまったのだという。
「それから我ら、命からがら逃げてきましたが……とうとうこの地で力尽きてしまい。最早ここまでかと思った時、五月雨様がお助けくださったのです……!」
五月雨様に続いて、小妖怪が口を開いた。その瞳を潤ませながら、五月雨様を崇めるような目で見ている。
「ホッホッ、良い良い。これも何かの
「……ケッ、ジイさんが余計な世話焼いてんじゃねーよ…って、いててて! っ、何すんだクソジジイ!」
「ホッホッ、ちっとは謙虚な姿勢を見せるんじゃな。そしたら、旧知の神友に頼んで、その足枷を外してやっても良いぞ」
「ケッ、だーれがんな姿勢見せるかよ‼ 謙虚なんつー言葉、聞いてるだけで虫唾が走るぜ」
ぎゃいぎゃいと騒いでいる妖怪たちの姿を黙って見ていた葵が、おもむろに口を開いた。その声は重く鋭い響きを持っている。
殺気を向けられた赤髪の妖怪は、その口をピタリと閉じた。
「……おい、五月雨様。そこにいる妖怪の扱いには、アンタも困ってんだろ? それに、いつまでもこの社で匿ってるわけにもいかねーだろうしな」
葵は、赤髪の妖怪の足首に視線を落としながら言う。ぐるぐると巻きついているその呪符には、見覚えがあった。あの呪符は、東雲家で扱っているものだ。ということは、どこかで東雲の人間が、この妖怪を仕留め損ねてしまったということだろう。
家の不始末だというなら、己にも責任がある。この妖怪はその妖力の強さもさることながら、理性もあり話も通じそうではあるため、東雲の家に連れ帰って主従関係を結ばせるのもいいかもしれないと考えていた。
「まぁ、そうじゃのう……」
「だからその妖怪、こっちで引き取ってやる。家は陰陽師の家系だからな。妖怪の後始末には慣れてる」
サラリと飛び出た不穏な言葉に反応した小妖怪たちは、ひそひそと耳打ちし合う。
「こ、こいつ、今後始末って言ったぞ!」
「主君をどうするつもりなんだ! この人でなしぃ!」
「……あ?」
「「ひ、ひぃっ……!」」
小さな声で反論していた小妖怪達だったが、葵に凄まれると、身を寄せ合ってブルブルと震えだした。
「……ハッ、陰陽師ねぇ。そりゃ大層なこって。人間様に使われるなんて、さぞ光栄なことなんだろうが……生憎オレは、誰かに従うなんつーのは性分じゃねえからな。んなのは御免だぜ。だったら、此処で自害する方がマシだな」
「へぇ……それじゃあお望み通り、此処で始末してやろうか」
嘲笑を浮かべて皮肉めいた口調で話す妖怪に対して、葵もまた、好戦的なまなざしで妖怪を睨みつけた。
時雨はニコニコと微笑んでいて、真白は我関せずといった雰囲気。五月雨様は何を考えているのか、よく分からない。小妖怪二匹だけが、おろおろと狼狽えている。
出された熱いお茶を啜ってボケーッと話を聞いていた朔夜は、何か思うところがあるのか、真剣な表情をして、妖怪の足首をジッと見ていた。
そして、緊迫した空気が漂う中で、おもむろに口を開く。
「……ねぇ。これのせいで、君は此処から動けないんだよね?」
「あ? ……あぁ、そうだ。この紙切れさえなけりゃ、こんな社……直ぐ出ていってやるのによ。クッソ……!」
妖怪は朔夜の問いかけに訝しそうに眉を顰めながらも、自身の足首に巻かれた呪符を見て、忌々しそうに舌を打つ。
「ちょっと見せてね」
「……おい、あんまそれに近づくなよ」
妖怪の目の前に屈んで、至近距離でまじまじと呪符を見ている朔夜に、葵は後ろから制止の声を掛ける。
一般人が下手に呪符に触れると、呪いが発動して跳ね返ってくる可能性もあるからだ。朔夜のような妖怪が見えるだけの人間では危ないだろうと、葵は心配していた。
しかし朔夜は、葵の言葉が耳に入っていなかったのか――妖怪の足首に巻き付いた呪符に、その手を伸ばしてしまう。
「なっ、おい……!」
葵が慌てて駆け寄る。何か起きても直ぐに対処できるように、警戒を強めて。
そして朔夜の手元に視線を落とせば、そこにあったのは、朔夜の右手に握られている、呪符――だったもの。
「ほぅ、呪いを解いたのか。お前さん、中々やりよるのぅ」
シンと水を打ったように静まり返った場で、五月雨様の感心したような声だけが響いた。
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