第三十話 五月雨様と、図々しき三匹の居候
「ワシは此処の神社で祀られとる、五月雨と申すものじゃ」
白髪の老爺は、呆然とした表情で自身を凝視してくる朔夜たちを見渡しながら、ニコリと笑ってそう名乗った。邪気の類を一切感じさせない、朗らかな笑みだ。
「五月雨様、なんですか? ということは、神様ってことですよね……?」
「うむ。そーいうことじゃの」
朔夜に尋ねられた老爺は、長い白髭を撫でつけながら、ホッホッホッと朗らかに笑っている。自身を神だとは名乗っているが、見た目はそこらに居そうな好々爺にしか見えない。
「まさか、神様が直々にボクたちの前に姿を現すなんてね」
時雨は物珍しそうに老爺を見ながら、しみじみとした口調で言う。どうやら朔夜以外の三人は、目の前の相手が神様だということを信じたようだ。
しかし朔夜はまだ少しだけ、現実を受け止めきれないでいた。
「……よく見てみろ。雰囲気がもう人間のそれじゃねーってことは、お前にも分かんだろ」
困惑した様子の朔夜に気づいた真白が、目の前の老爺を親指でクイっと指しながら言う。
言われてみれば、確かに――纏う雰囲気が、“人のそれ”ではないことを、微かに感じ取れる気がした。家にいる妖怪たちともまた少し違う、不思議な雰囲気だ。
「で、神様がわざわざ何の用だよ」
葵が尋ねる。
妖怪に逃げられてしまった直後のため、その声は僅かに険を帯びている。
「あぁ、先ほど、小こい妖が此処らにおったじゃろう? あやつらは、ワシの客人……のようなものでのぅ。お主に迷惑をかけたようじゃから、代わりに謝りにきたんじゃよ」
「はぁ? アンタ……神様のくせして、妖怪を匿ってんのかよ?」
「ホッホッ、匿うか。うむ、そういうことになるのぅ」
五月雨様は可笑しそうに笑いながら、葵の言葉を認めた。
「でも、何か理由があるのかもしれないし……そうなんですよね?」
葵の殺伐とした雰囲気を感じ取った朔夜が、間に入って口を挟んだ。
「うむ、そうなんじゃよ。……良ければお前さんら、社の方に寄っていくかのう?」
視線を合わせた葵と時雨は、小さく頷き合う。
葵は、五月雨様が匿っているという妖怪をこの目で確認し、人に害をなす存在かどうかを判断するために。時雨は、そんな葵の思惑を汲んでのことだ。
一方、特にこれといった考えがあるわけではなく、せっかく御呼ばれされたし……と行く気満々になっている朔夜に気づいた真白は、何とも渋い顔をして、声を潜めて話しかける。
「おい、また変なことに巻き込まれてんじゃねーか」
「え、変なことって……何が?」
「今の状況に決まってんだろ。……どうすんだよ、アイツらが社ん中で暴れ出したら」
真白は葵と時雨をチラリと一瞥しながら言う。しかしそんな懸念を抱いているのは真白だけのようで、朔夜はふわりと笑う。
「そしたら、さっきみたいに止めればいいよ。それに……東雲さん、口ではあんな風に言ってるけど、妖怪を見境なく、本気で滅したりはしないだろうなって思うんだ」
「……まぁ、お前がそう言うなら何でもいいけど」
こうなった朔夜に何を言っても無駄だと諦めた真白は、グッと寄せていた眉根から力を抜いて、小さく嘆息した。
五月雨様に先導されて、歩き続けること数分。
四人は五月雨様の社までやってきた。数時間前に皆で参拝をしたところだ。
「入るといい。適当に座って寛いどくれ」
五月雨様に続いて足を踏み入れた朔夜たちは、そろって目を瞠った。社の中、板の間で脱力しきった様子で座っていたのが、三匹の妖怪達だったからだ。
――どういう状況なのか皆目見当もつかないが、真っ赤な顔をした三匹の妖怪たちが、周りに酒瓶を転がして楽しんでいるのだ。
「ホッホッ、こやつらは、居候みたいなものじゃ」
「「「……居候……?」」」
朔夜たちの声が、また綺麗にハモッた。
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