第二十八話 五月雨祭り



「わぁ、すごい人だね」

「へぇ。思ってたより賑わってんだな」


 祭り会場となっている五月雨神社の境内は、真白の言う通り、多くの人で賑わっていた。焼きそばに、かき氷に、わたあめに水ヨーヨーに……様々な屋台が通路を挟むようにして、ずらりと軒を並べている。


「ちなみに、これはどんなお祭りなんだい?」


 屋台を見て回りながら、まずはお参りをしようという話になり、境内の一番最奥にある拝殿を目指して進んでいく。

 きょろきょろと物珍しそうに辺りを見渡していた瑞樹の質問には、蛍が答えた。


「この五月雨神社に祀られている、五月雨様っていう神様に祈りを捧げるお祭りらしいよ」

「へぇ、そうなのかい」

「僕も知らなかったなぁ。蛍くんは博識だよね」

「う、ううん、そんなことないよ」


 お喋りを続けながら、人混みを縫って歩く。最後尾を歩いていた真白はとある屋台が目に留まり、その足をピタリと止めた。


「真白くんってば、意外にも甘い物とか好きなんだ?」

「っ、……何だよ、お前か」


 同じく足を止めていた時雨に声を掛けられて、真白は少しだけ驚きながらも、声の主が時雨だと分かるや否や、素っ気ない返事をする。


「林檎飴、好きなの?」

「……別に、俺が好きなわけじゃねーよ」


 真白は屋台から目を逸らし、再び足を前へと進める。そこに、二人の姿が見えないことに気づいた朔夜が駆け寄ってきた。


「あっ、良かった、いた! 逸れちゃったかと思ったよ」

「ごめんね、朔夜くん。真白くんが屋台をジッと見てるから、ボクもつい足を止めちゃって」


 軽い口調で吐き出された言葉に、真白は横目に時雨を睨みつけた。


「そうなの? 真白、何か気になる屋台でもあった?」

「……別に、何もねぇよ」


 真白は朔夜の手首を掴むと「行くぞ」と足早に進んでいく。

 その後ろ姿を追いかけながら、時雨はクスクスと可笑しそうに笑みをこぼしていた。――やっぱり真白くんは、揶揄いがいがあるなぁ、と。



 ***


 境内でお参りをした朔夜たちは、屋台を見て回っていた。

 瑞樹はトルネードポテトを買い、蛍は苺カスタードクリームのクレープを、時雨は熱々のたこ焼きを摘まんでいる。


「よかったら朔夜くんも、一つ食べる?」

「え、いいの? ありがとう時雨くん」


 たこ焼きに爪楊枝を刺して差し出してくれた時雨に、お礼を言って手を伸ばそうとすれば、突如眼前に串焼きが姿を現した。


「お前はこっち」

「え? 真白もくれるの? ありがとう……!」


 朔夜は受け取った串焼きを頬張って、だらしなく顔を緩めている。そして、そんな朔夜と真白のやりとり見ていた時雨は、肩を揺らして必死に笑いを堪えていた。


「ま、真白くんって、本当に分かりやすいっていうか……!」

「……お前みたいな胡散臭い似非神野郎が持ってるもんなんて、何が入ってるか分かんねーだろ」

「えぇ、それはちょっと失礼すぎない?」

「……チッ」


 容赦のない悪口を受けても尚、笑い続けている時雨に、真白は苛ただしげに舌を打った。

 一方、真白から貰った串焼きを食べ終えた朔夜は、一人だけ何も口にすることなく、ただ屋台を見ているだけの葵に気づいて声を掛ける。


「東雲さんは、何か食べないの?」

「私は……そんなにお腹も空いてないし、大丈夫かな」

「そう? ……あっ、ちょっと待ってて」


 お目当ての屋台を見つけたのか、朔夜はそう言って駆けていった。戻ってきた朔夜は、両手に一本ずつ冷やしパインを持っている。


「はい、これは東雲さんの分」

「え? いや、私は……」

「甘酸っぱくて美味しいよ。食べてみて合わないようだったら、残りは僕が食べるからさ」

「……それじゃあ、貰うわ」


 ここで断り続けるのも億劫に感じた葵は、差し出された冷やしパインを受け取った。小さく齧りつけば、瑞々しい甘酸っぱさが口の中一杯に広がり、乾いていた喉が潤う。


「……美味しい」

「本当? よかった」

「葵ちゃんは、結構甘い物とか好きだからね」


 真白に存分にちょっかいをかけ終えたらしい時雨が、話に割り込んでくる。


「……時雨、余計なことは言わなくていいから」

「えー、いいでしょ別に」


 葵の非難めいたまなざしに、時雨はへらりと笑みを返す。


「……ふふ、何だか嬉しいなぁ」

「嬉しいって……何が?」

「東雲さんの好きなものを知れたことが、だよ。好きなものでも、苦手なものでも……これからもっと、皆の色んなことを知っていけたら嬉しいなって思うんだ」


 そう言って、本当に嬉しそうに笑っている朔夜を見て――葵は内心で、その不可解な言動に首をひねっていた。


 自分の好きなものが知れたからと言って、何が嬉しいのか。所詮自分と朔夜は他人で、それ以上でも以下でもない。関係のないことだ、と。


 葵は本気でそう思っていた。


 葵は家のこともあり、幼い頃から女のような格好をすることを、女のように振舞うことを強制されていた。

 放課後、グラウンドでクラスメイトがサッカーをしている姿を横目に真っ直ぐ帰宅し、妖怪の滅し方を学び、剣術の稽古をし……周りの子どもたちが普通にしているような遊びをする機会など、ほとんどなかった。


 だから、葵にとっての友達とは、ただ笑顔を返して、適当に相槌を打って、上辺だけの付き合いをするだけの――そんな関係に過ぎなかったのだ。


「あ、あの、東雲さん……」


 クレープを食べながらも話を聞いていたらしい蛍が、おずおずと葵に話しかける。


「その、甘いものが好きなら……ちょ、チョコバナナとか、わたあめとかも、売ってるよ。僕、買ってこようか……?」

「……ううん。今は冷やしパインがあるから、大丈夫よ」

「そ、そっか」


 やんわりと断られた蛍は笑顔を作ってはいるが、心なしか、しょんぼりと肩を落としているように見える。


「……でも、気にしてくれてありがとう、月見くん」

「っ、う、うん!」


 気づけば葵は、そんな蛍を気遣うような言葉を口にしていた。

 葵に礼を言われるとは思ってもいなかった蛍は、驚きに目を見開き、次いでその顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。


「僕、チョコバナナも食べたいなぁ。蛍くん、一緒に買いに行かない?」

「う、うん。僕も食べたいな」

「それじゃあ僕も一つ、食べてみようかな」


 談笑する朔夜たちの横顔を見ながら、葵は、これまで感じたことのない不思議な感情が、じわじわと、緩やかに胸の中に広がっていくのを――静かに感じていた。


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