第二十七話 長くて黒い鉄の塊



「朔夜様! よくお似合いですよ!」

「ありがとう」

「おっ、真白も似合ってるじゃねーか」

「……」


 今日は月詠町の外れにある神社で、五月雨祭りが開かれる日だ。

 いつも通りのラフな私服姿で行こうと思っていたのだが、小妖怪達に勧められて、朔夜と真白は浴衣に着替えていた。


 朔夜は紺色で、真白は生成色の浴衣だ。二人で揃いの黒い帯を締めていてとても良く似合っているが、真白は半ば強引に着せられたため、若干不機嫌な顔をしている。


「真白、浴衣似合ってるね」

「……そうかよ」


 しかし朔夜に褒められると、眉に寄っていた皺がすっと解けて消えていく。

 側で会話を聞いていた小妖怪たちは、ニマニマと笑いながら生温かい視線を真白に向けていたのだが、ギンッと睨まれると、直ぐに尻尾を巻いて逃げていった。


「それじゃあ行こっか」


 玄関で下駄を履いていれば、外からバタバタと、騒がしい足音が聞こえてくる。


「あれ、ショウ? そんなに慌ててどうしたの?」

「さ、朔夜様! もう出られるのですか?」

「うん、そうだけど……何かあったの?」


 いつも冷静な星熊童子だが、今は何だか、ひどく焦っているように見える。


「その、門の外に……恐ろしく長い、黒塗りの鉄の塊が鎮座しておりまして」

「長い、黒塗りの鉄の塊? ……もしかして、車のこと?」

「あ、そうです車です。もしかしたら、何処かの組が討ち入りにきたのかもしれません。ですので朔夜様、今外に出られるのは危険かと……」


 星熊童子は今日の見張りの当番だったようで、突然目の前に停車したかと思えば、そのまま動く気配のない車を見て、不安を覚えたらしい。


 至極真面目な顔で話している星熊童子だが、今の話を聞いてピンときた朔夜は、「多分大丈夫だと思うよ」と笑いながら、玄関の外に出た。


 家を出て門を潜って、長い石段を下りていけば、そこには朔夜の予想通り……。


「やぁ、朔夜くん」


 長い黒塗りの車――リムジンの後部座席の窓から優雅に手を振る、瑞樹の姿が見えた。


「もしかしてこれ、瑞樹くんのお家の車なの?」

「あぁ、そうだよ。どうせ目的地は同じだしね、迎えにきたんだよ。……おや、真白くんも一緒だったのかい? ちょうどいい、迎えに行く手間が省けたね」

「あぁ、真白は……」


 真白は従兄弟であるということで話はしてあるものの、一緒に住んでいるということまでは話していなかったかもしれない。


「俺、此処に住んでるから」


 しかし朔夜の後ろを付いてきた真白は、その事実をサラリと口にする。隠しているよりは話してしまった方が都合が良いと思ってのことだった。


「そ、そうだったの?」

「あぁ。家の事情で、コイツん家で世話になってる」


 水樹の後ろからひょっこり顔を出した蛍に尋ねられ、真白は頷いて返す。家の事情と言えばそこまで詳しく聞いてくることもないだろうと考えて、真白は答えた。


「ご歓談中に失礼します。よろしければ続きは、車内にて寛いでお話しください」

「えぇっと……」


 運転席から下りて朔夜たちの前に現れたのは、黒い執事服に身を包んだ初老の男だった。黒い髪はピシリとセットされていて、清潔感を感じさせる。年は四十代前半といったところだろう。


「あぁ、紹介するね。彼は、僕の世話役の爺やだよ」

「初めまして、朔夜様、真白様。わたくし氷室左之助ひむろさのすけと申します。瑞樹様が幼少の頃より身の回りのお世話をさせていただいております」


 無表情だと少しだけ厳つい印象を覚えるが、笑うと目尻に皺ができて、その表情も柔らかなものになる。


「そうなんですね。僕は魁朔夜といいます。……あ、こっちは魁真白です。よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。それでは、お二人もお乗りください」


 扉を開けてくれた氷室に礼を言った朔夜と真白は、初めてのリムジンに乗り込んだ。


「あ、東雲さんと時雨くんも乗ってたんだね」

「えぇ、向かっている途中に偶然会って、乗せてもらったのよ」

「こんばんは、朔夜くん。真白くんも」


 朔夜は空いていた葵の左隣に腰掛ける。

 葵の右隣には時雨が座っていて、ひらひらと手を振りながら挨拶をしてくれる。


 真白は朔夜の真正面、瑞樹の右隣に座った。瑞樹の左隣には蛍が座っているが、車内で六人が向き合って座っても、まだ十分なスペースがある。


「わぁ、ふかふかだ」


 朔夜は乗り心地の良さに感激した様子で目を輝かせる。


「さ、朔夜くんたち、浴衣着てきたんだね」

「うん、そうなんだ。……変かな?」

「っ、ううん! す、すっごく似合ってるよ!」


 朔夜と真白以外の四人は、いつも通りの私服姿だった。気合を入れ過ぎてしまったかと少しだけ恥ずかしそうにする朔夜を見た蛍は、掌をグッと握りしめ、力説するように言う。


「あぁ、本当だね。また機会があれば、今度は僕も着てみようかな」

「瑞樹くんは綺麗だから、浴衣とかの和装姿もすっごく似合いそうだよね」

「そ、そうかい?」


 金髪に青い瞳を持ち、目鼻立ちがくっきりしている瑞樹の浴衣姿を想像し、朔夜は素直に思ったままを口にする。

 瑞樹は直球の誉め言葉を受け、照れ臭そうに口許をむずむずとさせた。


「それでは、出発いたしますね」


 バックミラー越しに瑞樹の嬉しそうな表情を見た氷室は、微笑ましそうに目尻を下げながら、緩やかに車を発進させた。


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