第十九話 読めない妖(おとこ)



「葵ちゃん、もういいんじゃない?」


 重たい雰囲気が流れる中、姿を現したのは時雨だった。

 真白と共に屋敷周りを捜索していたはずだが、そこに立っているのは時雨一人で、真白の姿は見当たらない。


「……時雨」

「そんな怖い顔しないでよ。だってさ……その妖怪、見ただけでも弱り切ってることが分かるし。悪事を働けるような状態じゃないでしょ」


 時雨は、朔夜の後ろで小さく震えている妖狐を一瞥して言った。その声に同情や哀れみといった憐憫の情は一切感じられず、ただ事実だけを淡々と述べていることが分かる。


「……はぁ、分かった。今回は見逃すわ。でも、もしその妖怪が何か悪事を働くようなことがあれば……その時は魁くん、貴方にも責任をとってもらうからね」

「うん、分かったよ! ありがとう、東雲さん」


 邪気のない笑顔でお礼を言われてしまった葵は、“清楚で淑やかな女子”の仮面を被っていることも忘れ、何とも微妙そうな顔をして嘆息した。


「時雨くんも、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 同じように礼を告げられて朗らかに対応している時雨を、葵は横目で睨みつけた。

 けれど時雨はそんな視線に気づいていながらも、敢えて触れることはせずにニコニコと笑っている。


「あれ、そういえば……真白はどこに行ったんだろう?」


 震えていた小さな妖狐をそっと抱え上げた朔夜は、姿の見えない真白に気づいて心配そうに眉を下げる。


「あぁ、真白くんなら…「俺なら此処だ」


 言いかけた時雨の声を遮るようにして、真白が姿を現した。


「真白、どこ言ってたのさ」

「別に……どこでもいいだろ」

「真白くんはお腹が痛くなって、厠…トイレを探してたんだよね? 見つかったみたいで良かったね」

「え、お腹が痛いって……真白、大丈夫なの?」

「……もう何ともねーよ」


 朔夜から心配そうなまなざしを向けられた真白は、フイッと顔を背けて素っ気ない言葉を吐き出した。

 そんな真白の横顔を見て、強がっているわけではなさそうだと判断した朔夜は、ホッと息を吐いた。


「さ、朔夜くん、それが本当に妖怪なのかい?」

「ぼ、僕も見てもいいかな……!?」


 靴を履いて縁側から下りてきた瑞樹と蛍が、朔夜のもとに駆け寄ってくる。二人の興味は妖怪に真っ直ぐ向いているようだ。


「うん、そうみたい。でもかなり弱っているみたいだから、あまり刺激しない方が良いと思う」

「さ、朔夜くんって、もしかして、妖怪に詳しかったりするの……?」

「え? えっと……実は僕、何度か妖怪と遭遇したことがあるんだ。それで、多分そうじゃないかなって……」


 妖怪と一緒に暮らしているとはさすがに言えないため、朔夜は心苦しく思いながらも、誤魔化しの言葉を口にする。


「えっ、この前追いかけられた時以外にも、妖怪に会ったことがあったのかい?」

「うん、そうなんだよ」

「じ、実は僕も、妖怪に会ったことがあるんだ……!」

「へぇ、蛍くんも会ったことがあるんだね!」

「さすが月詠町……妖怪ってそんなに頻繁に見られるものなんだね……」


 朔夜の話を聞き、蛍が嬉々とした声で話し出した。以前追いかけられた時が妖怪との初遭遇だった瑞樹は、何とも微妙な顔をして神妙そうに呟いている。


 そんな会話を横目に、時雨は真白の隣に静かに近づいた。


「……朔夜くんに心配してもらえて、よかったね」


 読めない笑みを湛えて、耳元でボソリと囁くように言われた台詞に、真白はあからさまに眉を顰める。


「……アイツが陰陽師の末裔ってことは、差し詰めお前は、陰陽師に飼われてる犬ってわけか」

「んー? ……さて、どうだろうね? それは真白くんの想像にお任せするよ」


 クスクスと笑った時雨は、ふらりと真白から離れて、葵のもとに向かっていった。


「(アイツ、陰陽師の邪魔をする俺に気づいていながら、何で止めに入らなかったんだ? ……クソッ。何考えてんのか、いまいち掴めない奴だな)」


 時雨のことを食えない奴だと考えながら頭を掻いた真白は、時雨と葵に対しての警戒心をますます強めたのだった。



「……とりあえず、今日はもう解散でいいんじゃねーの」


 もう夜も遅い時間帯だ。また妖が現れ、巻き込まれる可能性もあると危惧した真白は、談笑している朔夜たちに声を掛けた。


 腕時計を確認した蛍がハッとした表情で頷く。


「た、確かにそうだよね……。そ、それじゃあとりあえず、今日は此処で解散しようか」

「しかし……朔夜くん、その妖怪を連れて帰るつもりなんだろう? ……大丈夫なのかい?」


 心配してくれる瑞樹たちを安心させるように「大丈夫だよ」と笑顔を返した朔夜は、廃屋敷の前で皆に別れを告げて、真白と二人で帰路に就いた。


 ――真白の限界突破した不平不満を、耳にタコができそうなほどに聞かされながら。


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