第十八話 譲れぬ思い
「チッ、逃げられたか……」
今のは
この場に葵の邪魔をした者がいたことは、確かだ。
また邪魔が入る前にさっさと片付けてしまおうと、朔夜の背後に隠れている妖に目を向けた葵だったが――そこに今度は、第三者の声が響き渡った。
「っ、え!? こ、これって一体、どういう状況……?」
「C'est vrai ? ……ま、まさかあれって、火の玉かい? 本物……?」
騒ぎを聞きつけて、屋内を捜索していた蛍と瑞樹がやってきた。
宙を浮いている火の玉を見て目を見開きながらも、式札を手に立っている葵と、その前で何かを庇うようにして対峙している朔夜を目にして、揃って驚嘆の声を上げた。
瑞樹は目の前の光景が信じられないのだろう。
驚きのあまり、無意識のフランス語で驚嘆の声を漏らしている。
「……私ね、実は、陰陽師の末裔みたいなものなの」
「お、陰陽師?」
蛍たちが来たため、口調を女性のものに戻した葵が、高い声で話しだす。
事態が飲みこめずにポカンと呆けた顔をしている蛍たちを気に留めることなく、葵は言葉を続ける。
「そう。私はこの月詠町で、妖怪を滅する任を全うしなくちゃならない。そのために転校してきたの。だから……魁くん。そこを退いてくれる?」
「え、ということは、朔夜くんの後ろにいるのが……妖怪?」
朔夜の後ろ、足元で小さな身体を震わせて丸まっている“何か”は、縁側に立っている蛍たちからしたら、遠目では猫の類にしか見えない。
しかし葵の真剣な面持ちを見て、あれが正真正銘の妖怪なのだということを察した。
妖怪好きの蛍は、興奮からぶわっと顔を赤く上気させているし、瑞樹は困惑を隠しきれていない様子で狼狽えている。
「けれど……蛍くん。僕は妖怪に詳しくないから分からないのだけど……妖怪とは、全てが悪いものなのかい?」
瑞樹の戸惑いを孕んだ声が、耳に届いたのだろう。
その疑問に、蛍ではなく、葵が答えた。
「悪よ。妖怪は全て悪。滅せられるべき存在なの」
葵のキッパリとした物言いに、蛍は開きかけていた口を噤んだ。
妖怪好きの蛍としては、それは
自身が妖怪に興味を持ち始め、ここまでのめり込むようになったのは……実際にこの目で妖怪を見て、その佇まいに、畏怖にも敬愛にも似た思いを抱いたからだった。
けれど、それをこの場で口にする勇気など、気弱な蛍にあるはずもなかった。何も言えずに俯いたが、そんな蛍の耳朶に、胸を震わすような力強い声が届いた。
「そんなことないよ」
葵の言葉を否定する朔夜の声が、辺りに響く。
「妖怪が全部悪だなんて、そんなことないよ。悪い妖怪もいるかもしれないけど、良い妖怪だっている。前にも言ったけど、それは人と変わらないよ」
「……綺麗ごとね。それじゃあ、もしその良い妖怪と人間が窮地に陥っていたら、貴方はどちらを助けるの?」
――選び取るのは人間に決まっているだろう、と。
葵は確信めいた思いでそんな問いかけをする。
けれど朔夜は、そんな葵の考えを否定する。
「僕は……どちらかだけなんて選べない。僕にとっては、人も妖も、どちらも大切な存在なんだ」
「……そう。私と魁くんとでは、根本的な考え方が違うみたいね」
朔夜の言葉を、葵はピシャリと一蹴した。式札を持つ手に力を込める。
けれど朔夜は、諦めない。
「東雲さん、お願いだよ。この子のことは、僕に任せてもらえないかな?」
「……何かあってからじゃ……悪事を働かれた後じゃ、遅いのよ」
「それじゃあ、絶対にそんなこと起こさせないって約束するから……お願い」
ピリピリと張り詰めた空気が流れる。
両者一歩も引かない、そんな重たい沈黙に終止符を打ったのは――意外な人物だった。
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