第十六話 感じるは、妙な気配



 すっかり陽も沈み、辺りはかなり薄暗い。

 ぽつぽつと街灯がともり始めている道を、朔夜と真白は並んで歩いていた。


「ったく、廃屋敷の捜索だなんて勝手に決めやがって……」

「ごめんごめん。だって真白、時雨くんと楽しそうに喋ってたからさ。仲が良いんだね」


 朔夜の発言に、真白は心外だと言わんばかりにむっつりとした表情になる。


「……誰と誰の仲が良いって?」

「それは真白と時雨くんの…って、いひゃいいひゃい! まひろ、はひふんだよ!」

「お前が気色悪いこと言うからだろ」


 真白は込み上げてくる感情を抑えようと、小さく息を吐き出した。


 謎の転校生の登場に加えて、“妖怪研究同好会”等という訳の分からない同好会にまで入ることになり、真白はただでさえ気を砕いていた。

 だというのに、勝手に妖気を感じる怪しい屋敷に赴くことが決定していたものだから、真白の苛々は頂点まで達しようとしていた。


 つい先刻、屋敷を出てくる際には、茨木童子からも笑顔の圧を掛けられてきたのだ。


 “朔夜様から絶対に目を離すなよ”、と。


 けれど隣を歩く朔夜は、そんな真白の胸中や気苦労など知る由もなく。


「でも夜に廃屋敷の探検だなんて、ちょっとワクワクするね」

「……はぁ。お前はいつも呑気でいいな」


 真白が何を言っても、どれだけ忠告したって、気づけばするりと自分の手をすり抜けて、少し離れた場所でのほほんと笑っている。柔順なように見えて存外頑固で、一度決めたことは絶対に曲げない。


 ――いつもそうだ。振り回されて、最終的にはそんな朔夜に絆されてしまう。


 けれど真白は、朔夜のそんな人柄に惹かれて、自ら側にいることを選んだ。お気楽でマイペースな、お人好し過ぎる性格に……そんな優しさに救われた。

 だから今の自分が在る。今、朔夜の隣に立てている。――それもまた、紛れもない事実なのだ。


「……まぁいいよ。お前は好きにやればいい。俺も勝手にお前を守るからな」

「ん? 真白、何か言った?」

「……何も言ってねぇよ」


 真白は朔夜の頭を軽く小突いて、仕方ねぇな、とでもいうように、力なく笑った。



 ***


「こ、これで皆揃ったね……!」


 廃屋敷の前に一番に到着していたらしい蛍が、最後にやってきた朔夜と真白を見て、嬉々とした声で言う。


 妖怪好きの血が騒いでいるのだろう。

 前髪に隠れてはいるが、その瞳が爛々と輝いていることが雰囲気からでも伝わってくる。


「そ、それにしても、かなり禍々しいというか……暗いからっていうのもありそうだけど、今にも何か出てきそうな雰囲気があるね……」


 瑞樹は二の腕を擦りながら、恐々した表情で呟いた。実際に廃屋敷を目にして、そのおどろおどろしい雰囲気に怯んでいるらしい。


 昨日の時点では放課後に向かう算段を立てていたのだが、昼休みにもう一度サイトを確認したところ、寄せられた目撃情報の大半が夜の時間帯であることが判明したのだ。


 そのため、集合時刻を変更していた。各々一度家に帰ってから、陽が沈み切った夜の時間に、直接この屋敷前に集まったのだ。


「でも、勝手に入って大丈夫なのかな?」

「あ、それは大丈夫だよ。元々此処は借家だったみたいで、半年くらい前に住居者が出ていって空き家になったんだって。貸主のお祖母さんに少し中を見せてもらいたいって一応許可はとってあるから」

「そ、そっか。蛍くん、さすがだね」


 朔夜の疑問に、蛍はいつもよりハキハキとした声で答えた。その声音から、早く屋敷を捜索したくてウズウズしていることが伝わってくる。


「真白くん、さっきから黙りこんでるけど……もしかして、怖いの?」

「あ? 誰が怖がんだよ、こんなただのボロ屋敷。つーか……気安く名前で呼んでんじゃねーよ」


 屋敷をジッと見て何か考え込んでいる様子の真白に、目敏く気づいた時雨が突っかかる。


 顔を見合わせた途端に軽口を叩き合っている二人を見ながら「(やっぱり仲良しだなぁ)」と盛大な勘違いをした朔夜は、ニコリと微笑んだ。


 そして、辺りをキョロキョロと見渡す。


 漂う妙な気配・・・・に違和感を感じて――内心で首を傾げていた。


「(今まで感じたことのない妖気だ。ってことは、多分ウチの組の者じゃないってことだろうけど……それにしては、妖気があまりにも微弱すぎる。わざと気配を絶って身を潜めてるのかな)」


 廃屋敷は庭付きの木造の建物で、二階建てになっている。

 住宅街から少し離れた場所にひっそりと佇んでいる建物は、ポツンと取り残されているような寂しさを感じる。


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