第十五話 蛍の妖怪情報サイト



「それで、今日は何をするんだい?」


 瑞樹の質問に、一人立ち上がっていた蛍は椅子に腰を下ろした。

 起動しておいたノートPCを皆が見やすいように開いて置く。


「えっと、実はね……僕、妖怪の情報を集めるための個人サイトを持ってるんだけど……」


 蛍がサイトを立ち上げれば、黙って話を聞いていた葵が身を乗り出して画面を覗き込む。


「えぇ、月見くん凄いんだね! 私も見てもいいかな?」

「し、東雲さん!? う、うん、勿論……!」


 女子に免疫のない蛍は、早口で話しながらポッと顔を赤くし、素早い動きで身体を横にずらした。

 葵は艶やかな長い黒髪を片耳にかけながら、興味深そうな表情で画面を見つめる。


「妖怪の目撃情報に、その時間帯や条件まで……写真をあげてる人も結構いるみたいね。……目撃情報の真偽は置いておくにしても、妖怪に関する色々な情報が集まってるのね」

「わ、本当だ。蛍くんは凄いなぁ……」


 葵の隣で同じように画面を覗き込んでいた朔夜だったが、後ろから制服の襟元を引かれてPCの前から引きはがされた。


「わっ、真白? どうしたの?」

「……別に」


 時雨と同じくらい――否、それ以上に葵に警戒心を抱いている真白は、肩が触れ合いそうな距離にいる朔夜を見て、咄嗟にその襟元に手を伸ばしていた。

 葵からは、普通の人間とは違う、異質な雰囲気を感じるのだ。そして、妖怪を引き寄せ、惑わすような奇妙な香り。


 真白は葵の背中をジッと探るような目つきで見て、そして朔夜の顔に視線を移して……その整った眉をグッと顰めた。


 ――怪しい転校生二人の接触に、自分はこんなにも気を揉んでいるっていうのに、コイツときたら……。


 小さく嘆息し、隣でのんきに笑っている朔夜の頬を軽く抓りながらも、真白の顔には薄っすらと笑みが浮かんでいる。


 そのやりとりを冷ややかなまなざしで見つめていた時雨だったが、その顔に親しみやすさを感じる笑みを広げ、二人に近づいた。


「やっぱり、真白くんと朔夜くんは仲がいいんだね」

「うん、真白とは小さい頃から一緒で……家族みたいなものなんだ」

「へぇ、そうなんだ。ボクと葵ちゃんみたいだね」

「そっか、確か時雨くんと東雲さんは、幼馴染なんだよね?」

「うん、そうなんだ。ボクたちも家族ぐるみの付き合いだから、葵ちゃんのことを心配した親御さんたちにも頼まれてついてきたんだよ。まだこっちに来たばかりで分からないことも多いから……困った時には声を掛けてもいいかな?」

「うん、勿論だよ! 僕に出来ることがあれば、いつでも力にな、」


 笑顔で了承の言葉を口にしようとした朔夜だったが、掌で口許を塞がれてしまい、最後まで言い切ることは叶わなかった。


「……言ったよな。ふざけた真似はすんなって」

「ふざけた真似って何のこと? ボクは朔夜くんと親睦を深めようと思っただけだよ?」


 怒気を込めた真白の言葉に、時雨はニコリと笑ったまま、気圧された様子もなく答える。


「コイツに余計なちょっかいかけんなって言ってんだよ」

「ちょっかいだなんて、酷いなぁ。それに……過保護すぎるのもどうかと思うけど?」

「はっ、それはお前もだろ? この前から、あの女の後付けて、影からコソコソ見てたの……お前だろ?」

「……さぁね?」


 二人は声を潜めて話す。真白が鼻で笑って告げた言葉に、時雨は読めない表情で微笑んだまま、首を傾げている。


「お前の方がよっぽど過保護だろ」

「さっきも言ったけど、ボクはご家族の人にも頼まれてるんだよ? それがボクの仕事だからね」


 バチバチと火花を散らしている二人をチラリと一瞥した葵は、小さなため息を漏らす。


 時雨とは幼い頃からの付き合いではあるが、普段はひどく冷静で、常に感情を笑顔の裏に隠しているような妖だ。しかしそんな時雨が、実は結構な負けず嫌いで、かなり意地の悪い性格をしていることを、葵はよく知っている。


 真白という男は、朔夜と深いかかわりがあるようだが――それだけが理由でなく、時雨に個人的に目を付けられてしまったようだ。


 葵は心中で真白を憐れんだ。

 あれは存外、面倒くさいおとこだから。


 葵は二人からそっと目を逸らし、二人の応酬をおどおどしながら見つめている蛍に視線を移した。


「ねぇ月見くん。それで、このサイトに集まった情報を頼りに、何かするつもりなんだよね?」

「あっ…と、うん。その……一回目の活動は、学校の近くにある、この廃屋敷に行こうと思ってるんだ。怪しい影を目撃したって情報が、ここ数日多くて……その、皆がよければ、なんだけど……」


 蛍がマウスを動かして操作する。

 画面上に映し出されたページには、かなり年季の入っていそうな古びた日本家屋の写真が数枚。それと一緒に、数十件にも渡るコメントが残されているようだ。


 部屋の片隅で行われている真白と時雨の静かな攻防には一切気づかず、和やかな雰囲気で談笑していた朔夜と瑞樹も、揃って画面を覗き込んだ。


「廃屋敷? ……わ、学校の近くにこんなところがあったんだね」

「へぇ、ずいぶん古びたところみたいだけど……それにしても、屋敷というにはやけに狭くないかい? 僕の家の書庫と同じくらいの大きさに感じるけど」


 家が大金持ちであるが故に、サラリと嫌味発言をする瑞樹だったが、葵はそれをスルーしてニコリと笑う。


「……行ってみましょうよ。私も此処、気になるなぁ」


 画面越しでははっきり分からないが、微量に感じる禍々しい雰囲気を察知した葵は、蛍の提案に賛同の声を上げた。

 この屋敷に妖怪がいるなら、この世から滅するだけだ。それが葵の役目であり、この月詠町に転校してきた一番の目的であるからだ。


「えっと、朔夜くんと瑞樹くんはどうかな……?」

「……うん。僕も気になるし、皆で行ってみようよ」

「僕も構わないよ。廃れた屋敷というのも趣がありそうだし、実際に見てみたいからね」

「う、うん。それじゃあ明日の放課後、皆で見に行ってみよう……!」


 こうして、未だに言い合いを続けている二人の意見を聞くことはなく――翌日の放課後、皆で廃屋敷を訪れることになった。


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