第十三話 ちぐはぐな六人による結成



「朔夜くん、お、おはよう」

「やぁ。おはよう、朔夜くん」

「蛍くん、瑞樹くん! おはよう」


 教室に入れば、既に登校していた蛍と瑞樹が声を掛けてくる。そのまま三人で朔夜の机に集まれば、昨日蛍が提案した“妖怪研究同好会”の話題になった。


「あ、あの、妖怪研究同好会の件なんだけど……ど、どうかな……」

「僕は試しに入部してみることに決めたんだよ。朔夜くんも一緒に入らないかい?」


 真白に相談しようと思っていたことをすっかり忘れていた朔夜は、どうしようかと頭を悩ませる。


 そこに、女子にしては低く、しかし男子にしては少し高い、柔らかな声が介入する。


「妖怪研究同好会、だよね? 私、興味あるなぁ」

「……え!? し、しし、しののめさん、も、妖怪に興味、あるの……!?」


 突然話に入ってきた葵に、蛍は顔を真っ赤にして狼狽えている。


「うん、そうなの。良ければ私も入れてくれないかな?」

「もっ、もももちろん! 大歓迎、です……!」


 蛍は嬉々とした声を上げながら、首がもげてしまうんじゃないかと思うくらいに力強く頷いている。

 葵が入部することになるだなんて全く想定していなかった朔夜と瑞樹は、揃ってポカンと呆けた顔をした。そんな朔夜の顔を見て、葵はクスリと微笑む。


「……魁くんも、もちろん一緒に入るよね?」

「え? いや、僕は……」

「――入るよね?」


 疑問符が付いているはずなのに、有無を言わせぬ雰囲気の声音に圧されてしまい、朔夜は思わず「う、うん」と頷いてしまった。


 朔夜の返答に、ふわりと花が咲くような愛らしい笑みを浮かべた葵は、両手で朔夜の掌をぎゅっと握りしめる。


「ふふ、嬉しいなぁ。これからよろしくね?」

「えっと、うん。よろしくね……?」


 朔夜たちのやりとりを遠目に見ていたクラスメイトの男子たちの、嘆き騒めく声が聞えてくる。


「アイツら、いつの間に撫子ちゃんとお近づきに……!」

「羨ましいぞお前ら!」


 大多数の人間に羨望の眼差しを向けられながらも、それに全く気がつかない朔夜は、半ば強制的に入部が決定してしまったことに、内心でどうしたものかと考えていた。

 けれど、結局はバレないように気をつければ良い話だよね、と持ち前の楽観的思考に切り替え、改めて蛍と瑞樹に「よろしくね」と笑顔を向ける。


 そんな朔夜の背後から、また新たな人影が近づいてくる。


「それ、俺も入るから」


 朔夜が振り向く。

 そこには――あからさまな仏頂面で朔夜をジト目で見る、真白の姿があった。


「ま、真白!? 何でここに……!?」


 慌てる朔夜に対し、真白は平常通りのふてぶてしい態度で朔夜の頬を軽くつねった。

 その格好をよく見れば、真白は朔夜と同じ制服を着ている。姿も妖怪ではなく、人間に変化している。二本の角は姿を消し、真っ白な髪は金色に、深紅の瞳は褐色へと色を変えていた。


「ん? 君は誰なんだい? 朔夜くんの友人かな」

「……隣のクラスの魁真白。コイツの従兄弟」


 さらりと嘘を口にする真白に朔夜は内心で慌てふためきながらも、動揺を悟られないようにとその口許をぎゅっと引き結んだ。

 初めは、真白が勝手に学校に侵入してきたのかと考えたが、その格好や落ち着きぶりを見るに、そうではないことを察したからだ。ここは真白の話に合わせておこうと、瑞樹たちからの視線にへらりと笑みを返した。


「――それ、ボクも入っていいかな?」


 混沌とした空気が漂う中、また新たな参入者が現れた。その場に居た皆の視線を一身に集めるのは、朔夜も初めて見る人物だった。

 すらりとした長身の男子。クラスメイトではないが、靴紐が緑色なのを見るに同学年だろう。この高校は学年別で緑・赤・青と、靴紐の色で判別できるようになっているのだ。


「あぁ、突然ごめんね? 僕は東雲時雨。真白くんと同じクラスで、葵ちゃんとは幼馴染でね。京都から一緒に転校してきたんだよ」

「……おい、気安く名前で呼ぶな」


 真白が時雨を睨み付ける。

 朔夜は、真白が“気をつけろ”といっていた転校生が彼であることに気づいた。


「えぇ、だって魁くんは二人いるし、苗字呼びじゃ分かりにくいでしょ? ということで、君のことも、朔夜くんって呼んでいいかな?」

「え、うん、それはもちろん……」

「ありがとう。ボクのことは時雨って呼んでね」


 朔夜が了承すれば、真白の鋭い視線が今度は朔夜を射抜く。けれどこの状況で断るだなんてできるわけないだろ、と、朔夜は視線で訴えた。

 ニコリと人好きのする笑みを湛えた時雨は、一人おろおろしている蛍に話しかけている。


「で、どうかな? 君が部の立案者だよね? ボクの入部、認めてくれる?」

「あ、そ、それは勿論……!」

「よかった。皆、これからよろしくね」


 パチリとウィンクを落とした時雨を見て、隣で無言を貫いていた葵の片眉がピクリと持ち上がった。しかし口を開く様子は見られず、変わらずたおやかな笑みを浮かべているだけだ。


「……おい、ふざけた真似したら許さねぇからな」

「え? ふざけた真似って何のこと? というか真白くん、何でそんなにボクに突っかかってくるの? もしかして……ボクのことが好きとか?」

「てめぇ……気色悪いこと言ってんじゃねぇよ!」

「あはは、なぁんだ違うんだ。でもまぁ、それはボクからも忠告しておきたいかな。真白くんってボクと同じ匂いがするからさぁ。……勝手な真似はしないでね?」

「……」


 コソコソ会話をしていた真白と時雨は、気づけばバチバチと火花を散らしているし、そんな二人を見て、蛍は顔を蒼くしている。

 瑞樹はマイペースに手鏡でヘアスタイルをチェックしているし、葵はニコニコ笑みを浮かべながら、我関せずといった様子で立ち竦んでいる。


「(何だか不思議なメンバーが揃ったけど……楽しい部活になるといいなぁ)」


 朔夜が集まった面々を見渡して心中でそんなことを考えていれば、葵と目が合った。にこりと笑いかければ、昨日は逸らされた視線はしっかりと交わったまま、今回は同じように笑みを返してくれる。

 ――葵が内心でこの状況に悪態を吐いていることには、もちろん気づかないまま。これからもっと仲良くなれたらいいなと、朔夜は期待に胸を膨らませる。



 こうして、元々の友人関係でもなければ共通点もなく集まった、どこかちぐはぐな六人によって、妖怪研究同好会が結成された。



 しかし、この時の朔夜たちは、まだ知らない。


 まさか、これから月詠町で巻き起こる数々の怪奇現象に巻き込まれることになるだなんて――そして、妖怪を敵視する葵が朔夜に絆されて、共に妖怪の手助けをする日がやってくるだなんて――――当然、この時の朔夜たちが知る由もないのであった。


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