第十二話 秘密



「……おい。お前、何者だ?」

「え? えぇっと……」


 自身が半妖であることはもちろん、家が妖怪屋敷だなんて事実、妖怪を滅しようとしていた葵にはとても言えないと考え、朔夜は慎重に言葉を紡いでいく。


「僕、小さい頃から妖怪が見えてね。此処は一家で経営してる店なんだけど、たまに妖怪のお客さんがやってくるから……料理だったり、あとは僕が趣味で作った和菓子だったりをご馳走してるんだ」

「は? 妖怪が客? お前……死にたいのか? 妖怪は危険な存在だ。考えなしに関われば、命を落とすことになるぞ」

「でも人間と同じで、妖怪にだって、良い妖怪もいれば悪い妖怪もいるのは当然じゃないかなぁって思うんだけど……」

「チッ、能天気な奴だな」


 眉間に皺を寄せて舌を打った葵は、鞄を持って立ち上がる。このまま帰るようだ。


「あ、でも学校では秘密にしてるから、今のはここだけの話にしてほしいな」


 座ったままの朔夜を見下ろし、何か考え込んでいる様子の葵だったが、小さく頭を振ってまた溜息を漏らした。そのまま無言で足を進めるが、朔夜から声を掛けられたことで勢いよく振り返る。


「あ、そういえば東雲さん、今日は普段と雰囲気が違うけど……何だか声もいつもより低いし、」


 ――もしかして、喉の調子でも悪いの?


 心配の言葉を続けようとしていた朔夜だったが、踵を返した葵に鬼気迫った表情で顔を近づけられてしまったため、大人しくその口を閉じた。


「訳あって女の振りをしているが……俺は男だ」

「へぇ、東雲さんって男の子だったんだね。それなら納得……え、男?」


 きょとんとした顔で目を丸める朔夜を、葵は凄むような瞳で射抜く。


「……このことバラしたら、殺すからな」

「う、うん。分かったよ。お互いに秘密ができたね」


 しかし脅し同然のことを言われた朔夜は、何故か嬉しそうに笑っている。


 葵は内心で「(チッ、コイツといると調子が狂う……)」とぼやきながら、頭をガシガシと掻いて、今度こそ出入り口まで歩いていく。


「東雲さん、また明日」

「……」


 チラリと朔夜を一瞥して、けれど言葉を返すことはなく、葵は無言で店を出ていった。



 ***


「――これからどうするつもり?」


 葵が一人で帰路についていれば、葵の左隣に、どこからともなく人影が現れる。


 薄水色の髪に青い瞳をした、長身の男だ。外見は人間と何ら変わりないように見えるが、しかし男を纏う雰囲気は、この世の人間のものではない。

 ――彼は葵の護衛として仕えている妖怪であり、名を東雲時雨しののめしぐれという。


 元々は、東雲家と古くより親交がある、陰陽術に精通した阿部家に仕えていた妖怪だったが、訳あって東雲家へとやってきて、葵に仕えることになったのだ。


「アイツは怪しい点が多い。それにアイツの身体からは、色んな妖の気配がぷんぷんした。……これは、探りを入れる必要がありそうだな」

「へぇ、何だか面白くなりそうだね」

「チッ、面白くねぇよ。妖怪も一匹逃がしちまったし」

「こらこら、女の子が舌打ちなんてしちゃ駄目でしょ」

「……うるせぇよ」


 時雨の指摘にギンッと鋭い睨みを利かせた葵は、ふん、と鼻を鳴らして不機嫌顔で先を歩く。そんな葵の表情を見た時雨は、数歩後ろを付いて歩きながらクスクスと笑い声を漏らしている。


「まぁ、此処には妖怪がうようよいるしねぇ。遣り甲斐があるんじゃない?」

「……あぁ。妖怪は、滅しなきゃならない。そのために、俺は此処にきたんだ。……利用できるもんは、全部利用してやるよ」


 前を見据えて歩く葵の瞳は、獲物を射抜く獣のように、ぎらりと鈍い光を放っていた。



 ***


 葵が帰った後、朔夜はテーブルの上を片付けてから、長い石段を上って帰宅した。

 荷物を置きに自室へ行けば、そこには我が物顔でラグの上に座る真白の姿があった。しかし真白が無断で部屋に入ってくるのはいつものことなので、朔夜は特に気にすることなく帰宅の挨拶をする。


「真白、ただいま」

「……このお節介が」


 いつもは返ってくる「おかえり」の代わりに届いたのは、どこか呆れたような声だった。言われた言葉の意味が分からなかった朔夜は、首を傾げる。


「突然何だよ。というか真白……何か、怒ってる?」

「別に怒ってねぇよ。ただ……」


 そこで言葉を切った真白は、口にするべきか一瞬悩んだようだったが、その場から立ち上がり、朔夜の顔を真っ直ぐに見据えて言い放つ。


「厄介ごとに首突っ込むのは止めろって、忠告しにきただけだ。別に、そこらの妖怪や人間がどうなろうが俺には関係ねぇけど……お前は、違う」

「……真白、一体何のことを言って「飯、出来てるってよ。先行ってる」


 真白が身を案じてくれていることは分かったが、朔夜には、真白が何を伝えようとしているのかまではいまいち理解できなかった。


 結局確信を突くようなことは言わぬまま、聞き返そうとした朔夜の言葉を遮って、真白は部屋を出ていってしまった。


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