第十一話 おもてなし



「東雲さんは、甘いものって好き?」

「……」

「女の子は甘いもの好きな子が多いって父さんが言ってたからさ。僕のお薦めのお菓子、持ってくるね」

「……はぁ」


 前を歩く朔夜に連れられて辿り着いた先は、長い石段の下にちょこんと店を構える、小料理屋だった。

 店前の木製の看板には『なごみ処~椿~』と達筆な字で記されている。


 訳も分からぬまま店の中へと通された葵は、自身の斜め前で大人しく椅子に腰かけている三つ目の妖怪をじろりと睨んだ。妖怪も葵をじっと見つめていて、けれど何故か、こちらに攻撃してくるような様子は見られない。

 しかし、妖怪は邪悪な存在で――いつ牙を向いてくるか分からない。葵は警戒を緩めることなく、いつでも対処できるようにと、机の下に隠した左手に妖怪を滅する札を握りしめた。


「お待たせ」


 剣呑な空気が漂う中、店の奥に引っ込んでいた朔夜が戻ってきた。その手には漆塗りの黒いお盆があって、盆の上には湯のみと美味しそうな和菓子が載せられている。


「はい、どうぞ。これは練り切りだよ」


 小さな銘銘皿に懐紙が敷かれ、その上に桜の形をした薄桃色の練り切りがちょこんと鎮座している。


 練り切りとは、白餡と、砂糖やみじん粉などのつなぎと言われる食材を混ぜ合わせて作った素材を、自由自在に色づけ・デザインした生菓子のことだ。四季折々の植物や風物詩をかたどって繊細な細工を施されているものが多く、味は勿論、その見た目の美しさも目を引く、芸術的な和菓子の一つであろう。


「ネリ、キリ、キレイ……」


 葵から練り切りに視線を移し、じぃっと三つの目を見開いて見つめていた妖怪が、ボソリと呟く。


「分かるよ、練り切りって見た目も可愛いよね」


 朔夜は三つ目の妖怪の言葉にニコリと笑いながら、葵の隣の席――妖怪の真正面の席に腰を下ろした。


「それで、君はどうして東雲さんを追いかけていたの?」

「(コイツ……妖怪相手にまともに会話しようとするとか、本気で頭イカれてんだろ)」


 朔夜を胡乱な目で見る葵だったが、予想に反して妖怪が口を開いたため、葵はその視線を斜め前に移した。


「……キ、キレイ、ダタカラ……ワタシ、モ、キレイ、ナリタクテ……サガシテタ……キレイ、ミルノ、スキ……」

「そっか。確かに東雲さんって、凄く綺麗だもんね」

「っ、はぁ!?」


 ――突然何を言い出すんだこいつは!?


 陰では男子から持て囃されている葵だが、面と向かって綺麗だなんて言われ慣れていないため、思わず驚嘆の声を漏らした。作っていたキャラのことなど、すっかり頭から抜け落ちている。


 けれど朔夜はニコニコと笑いながら、更に言葉を続ける。


「でも、君だって綺麗だと思うよ。その黒髪とか、凄くサラサラだよね」

「キ、キキ、キレ、イ……?」

「うん。……あ、そうだ」


 朔夜は、窓辺の花瓶に生けてある、桃色をしたハナモモの花を一枝手に取った。それを妖怪の黒髪にそっと挿してやれば、漂う陰気な雰囲気が少し和らぎ、何だか華やかに見える。


「うん、凄く似合ってるよ」


 朔夜の微笑みを真正面から受けた妖怪の頬に、一瞬赤みがさしたように見えた。葵は目を擦りながら、一体自分は何を見せられているのかと嘆息を漏らす。


「あ、東雲さんも良かったら食べてみて」

「……」


 のほほんと笑っている朔夜に、色々な意味で毒気を抜かれてしまった葵は、目の前に置かれた練り切りを無言で口に入れた。そうすれば、口の中いっぱいに上品な甘さが広がる。


「……美味い」

「本当? よかったぁ。それ、僕が作ったんだ」

「……は!? これ、お前が作ったのか?」

「うん。和菓子作りが僕の趣味なんだ」


 これは趣味の域を超えているだろう。そう思った葵だったが口には出さずに、一口サイズに切った練り切りをもう一度口に運ぶ。

 舌触りが滑らかで、柔らかな甘さの白餡がすぅっと溶けていく。熱い茶を啜れば、ほっと肩の力が抜けるような、穏やかな気持ちで満たされる。


「あ、あと美味しいお酒もあるんだけど、妖怪さん飲む? 東雲さんは流石に未成年だから出せないけど……」

「……和菓子と酒なんて合うのかよ」

「うん、これが意外に合うんだって、父さんが言ってたよ」


 出された日本酒を一口飲んだ妖怪は、その顔をパッと明るくさせて、もう一口二口と、耳元まで裂けた大きな口の中に流し込んでいく。そうしてお猪口の中をあっという間に空にした妖怪は、音もなくその場から立ち上がった。


「カ、カエリ、マス……」


 朔夜に話を聞いてもらって、美味しい和菓子と酒まで堪能し満足したのだろう。妖怪の周囲を纏っていた、黒くてじめっとしたもやもやがいつの間にか霧散している。


「うん。でも、いきなり追いかけられたら皆吃驚しちゃうから、もうしないでね」


 朔夜の言葉にコクリと頷いた妖怪は、そのまますぅっと姿を消してしまう。

 黙って事の成り行きを見守っていた葵は、隣に座る朔夜を探るような目つきで睨んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る