第四話 父、酒吞童子
結局、朔夜が妖怪に追いかけられたことを何故知っていたのか、真白から求める回答を貰えずに不貞腐れた顔をしていた朔夜の頭に、ポンと大きな手が乗せられた。
そのままわしゃわしゃと撫でられて朔夜が驚きの声を上げれば、「
「父さん」
「おぅ、おかえり朔夜」
快活な笑顔を浮かべるこの男こそ、朔夜の実の父親にして、魁組の頭領である大妖怪――
濡羽色の艶やかな黒髪に
妖怪の姿では、暗闇の中でも妖しく光る
「ちょいと出掛けてくる」
緩やかに笑いながら上等な黒い着物に
そんな魅力を持つ妖怪が、酒呑童子なのだ。
「……父さん、もしかしてまた?」
「ああ、こいつらと一杯飲みに行ってくる」
そう言った酒呑童子が視線を送る先には、何人かの妖怪たちの姿がある。もちろん、皆朔夜が良く知る顔ばかりだ。
「お酒が飲みたいならうちで飲めばいいのに」
朔夜の言葉に、何人かの妖怪たちが深く頷く姿がちらほらと見える。
朔夜の家では、小料理屋を営んでいる。
住居となる大屋敷は、数十段もある石段を上った先に構えられている。周囲は森林に囲まれていて、正に妖怪が住まう場所とでもいうべきか――清清しく美しいながらも、どこか怪しい雰囲気で満ち満ちている。
しかし小料理屋は長い石段下にこじんまりと建てられており、魁組の妖怪たちが切り盛りしているのだ。数寄屋造りの純和風な空間となっていて、月詠町でも有名な老舗の店である。個室もカウンター席も用意されていて、外観からは想像がつかないくらいに中は広々としている。
新鮮な食材を使った絶品料理の数々に、酒好きの酒呑童子が各地から取り寄せている極上の酒が多数取り揃えられていることが、最大の魅力であろう。
また余談ではあるが、この小料理屋では、妖怪も
妖怪と人間、どちらも客として受け入れているため、何かの間違いで妖怪と人が遭遇してしまう可能性がないようにと基本は完全予約制であることもVIP感があり、常に客足が絶えない理由の一つなのかもしれない。
「いいか朔夜。良く聞けよ」
酒呑童子は腰を折って朔夜に視線を合わせると、表情を引き締めて真剣さを帯びた声色で話し出す。
「ここには女がいねーだろ。いいか、これは死活問題だ。……こんな野郎だらけのとこにいたら、干からびちまう」
――真剣な表情で何を言っているのか、この男は。
そう思う者も少なからずいるとは思うが、この男にとっては真面目も真面目、大真面目に話していることなのだ。
初めてこの台詞を耳にした者がいれば、驚くなり疑問に思うなりと何かしらの反応を見せるかもしれないが、魁組の者にとって酒呑童子の女好きは周知の事実となっているので、皆一様に呆れた溜息を零すだけだ。
「はぁ、……実の息子にそんなことを堂々と話す父親がいますか」
「ああ? 親だからこそ教えてやってんだろーが。それに俺は嘘をつかねー」
茨木童子の言葉にも一切動じることなく、酒吞童子はしれっした態度で言い返す。
そんな酒呑童子の姿を目にし、こめかみを押さえながらもう一度深い溜息を落とす茨木童子。――魁組ではよく見られる光景だ。
茨木童子は酒呑童子を崇拝している。しかしそれと同じくらい、破天荒で自由奔放な頭領様に振り回されて胃を痛めていることも、周知の事実なのである。
「でもここに女がほとんどいないのって、元を辿れば
頭の後ろで手を組みながら楽しそうな笑みを浮かべてやってきたのは、
「うん。俺もそう思う……」
「否、頭もお考えあってのことだろう。そう言うな」
虎熊童子の後ろから顔を出したのは、
「はあ、お前ら……! 書類仕事放り出してどこ行くつもりだよ!」
最後にやって来たのは、
今この場に集まった四人は“
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