第三話 茨木童子と真白
「ただいま~」
どっしりと構えられた武家屋敷門を潜れば、あちこちから声が飛び交う。
「おかえりなさい朔夜様!」
「おう朔夜! おかえり!」
「おかえりなさ~い!」
朔夜に対して皆一様に笑顔で声を掛けているが、ある者は目玉が一つしかなかったり、またある者は頭から二本の角のようなものが生えていたり……と“普通ではない”出で立ちをしている。
――そう、ここは“大妖怪酒呑童子”が頭領として治めている“魁組”。妖怪たちが住まう場所なのだ。
「朔夜様、帰られたんですね。今日もお変わりなかったですか?」
美しい顔立ちに優し気な笑みを浮かべているが、この男も鬼の妖怪の一人。彼は酒呑童子の一番の側近ということもあり、知力戦力共に妖怪の中では桁外れの力を持っている。
朔夜は普段の温厚な姿しか目にしたことがないが、戦闘時には正に鬼神の如き形相でその猛威を振るっているらしい。
「ただいま。うん、今日も特に変わり……はあったけど、楽しかったよ」
「そうですか。変わりがあったんですね。それは良かっ……え?」
朔夜の言葉に、微笑を浮かべていた茨木童子の相貌が崩れる。けれどそんなことには気づかず、朔夜は一人屋敷の方へと歩いていく。
暫し固まっていた茨木童子だったが、直ぐに我に返って朔夜の後を追いかけた。その顔には心配の色が滲んでいる。
「朔夜様、何かあったのですか?」
「ん? あぁ、実はね――」
隣を歩く茨木童子を見上げた朔夜は口を開いたが、それよりも早く、背後からその答えを口にする者が現れた。
「妖怪に襲われたんだよ」
二人が同時に後方へと視線を向ければ、そこには儚げな雰囲気を纏った一人の少年がいた。
薄紫の藤の花が描かれた着物を身にまとい、その髪は雪のように真っ白な色をしていて、頭上には小さな角が二本生えている。瞳は見る者を魅了してしまいそうな美しい深紅の色をしていて、その口許は真一文字に引き結ばれていた。
「あ、真白。ただいま」
朔夜が嬉しそうにその名を呼べば、真白と呼ばれた少年――
「……おかえり」
こうして律儀に返答するあたり、真白の態度が照れ隠しからくるものだということは直ぐに分かる。
朔夜の隣で様子を見守っていた茨木童子も、二人のやりとりを見て頬を緩めている。――けれど、“妖怪に襲われた”という言葉を思い出してどういうことかと真白に詰め寄った。
「真白、朔夜様が妖怪に襲われたのですか? 一体何が…「待って茨木童子、僕が説明するからさ」
茨木童子の肩をぽんぽん叩きながら朔夜が声を掛ければ、茨木童子は渋々真白から距離をとった。
「友達と下校中にね、三つ目の妖怪に追いかけられたんだよ。でも気づいたらその妖怪はいなくなってて……でも僕も友達も誰も怪我はしてないし、大丈夫だよ」
「追いかけられたって、一体どこのシマの妖怪ですか?」
「さぁ、見たことのない妖怪だったけど……」
「……真白」
「あぁ、分かってる」
茨木童子は、真白を見てアイコンタクトをとった。“後で詳しい話を聞かせろ”と、そういう意味だ。
視線だけでそれを理解した真白は、小さく頷いて返す。
「ん? そもそも、何で僕が妖怪に襲われたことを真白が知ってるの?」
「……さぁな。自分で考えろ」
朔夜の疑問に少しの間を置いて応える真白。何と答えるべきか一瞬思案したものの、上手い返答が見つからなかったのではぐらかしたのだ。
「えぇ、教えてよ」
「……じゃあ、今度の英語のテストで八十点以上獲ってこれたらな」
「うっ……真白ってば、僕が英語苦手って知っててそういうこと言うんだもんなぁ……」
むむっと顔を顰める朔夜の額に軽いデコピンを食らわせる真白。「いたっ」と両手でおでこを抑えて涙目になる朔夜を見て、楽し気に口角を持ち上げている。
――こんな風に素直になれず、つい意地悪なことを言ってしまったりと捻くれた性格の真白だが、実のところは心底朔夜を慕っているのだ。
真白の苗字は
そして、朔夜は真実を知らないが――実は真白は、朔夜の護衛として、数年前から常に側で様子を見守っていたのだ。
朔夜はこの春高校一年生となったが、真白が護衛として付き始めたのは朔夜が小学生の頃にまで遡る。当時は送迎時に後を付けている程度だったが、それは朔夜が十五歳を過ぎたあたりから変わった。
酒呑童子の父と人間の母との血を継ぐ朔夜は、所謂半妖である。通常の妖は十五歳を成人として考えられているのだが、十五歳になっても未だに妖怪化したこともなく、組以外の一部の者からは本当に酒呑童子の血を引いているのか怪しいものだ、などとも言われている。
そのため、そんな一部の妖怪から襲われる可能性を考慮して、真白が護衛として常に側に付くことになったのだ。組の中なら安全だが、外に出ている時は特に危険が付きまとう。魁組の勢力が上がった今、魁組次期頭首候補の一人を潰してしまおうと考える者も、少なくはないからだ。
先程三つ目の妖怪に襲われた時も、真白はいつでも飛び出せるようにと万全の状態で待機していたのだが、鈍感な朔夜が気付く様子はまるでない。
まぁ、真白は妖怪ということもあり気配を消すことに長けているため、朔夜が気が付かないのも仕方のないことなのかもしれないが――それでも、常にぽやんとしている朔夜に対し、真白の心配は尽きなかった。
いまだに「何で教えてよ~」と喚く朔夜をあしらいながら、にっこり笑顔で「(そもそも何で未然に防げなかったんだ?)」とでも聞こえてきそうな黒いオーラを放つ茨木童子の視線を受けて、真白は気まずそうに顔を歪めて視線を逸らした。
同じ鬼の妖怪ということもあり可愛がってくれる茨木童子のことを少なからず慕っている真白だが、それと同じくらい、この人は怒らせちゃいけないということを身に染みて理解しているため、逆らうようなことはできないのだ。
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