酒で溢れる本音
偶然っていうのは本当に突然訪れるのだと身に沁みて知ったのは、今日以外にない。
親の都合で引っ越して、疎遠になった幼馴染の楚山くんと再会を果たすなんて、物語の世界のような偶然だ。
10年。もし私が80年生きるのなら、その8分の1もの空白の期間を経ての再会になる。
楚山くんは大人になってた。
中学時代の忙しない空気から一変し、一緒にいると心地いい落ち着いた空気に。見た目は幼さが抜け、楚山くんも私に言ってたけど大人っぽくなっていた。
同じ25歳だけど、楚山くんのほうがちゃんと大人になっている。
「それに比べて私は……」
滝行をしてる人のようにシャワーをつむじから浴びる。
私は大人になりきれてない。
中学時代は楚山くんが私のことを追いかける形だったけど、いつの間にか追い越された。
引っ越しのとき、ちゃんと告白の返事ができるような女だったらまだ追いかけられる側の人間であれたのだろうか?
私とは違い、過去に囚われていない楚山くんは、今、その土俵にすらいない。
★★★★★
楚山くんに言われ、使っていいと言われた部屋。
そこはベットルームのような広さの、一人で生活するのにちょうどいい広さ。
一ヶ月いるだけ。
なのであまり散らかさず、きれいにしておこうと思っていたが、床にはキャリーケースの中身が散乱している。
それもこれも、寝間着を探していたせいだ。
「はぁ……」
気づいたら部屋が散らかってる現象を私が名付けてもいいくらい、毎度のように散らかる。
楚山くんのご厚意で同居させてもらっているのに、もしこんな部屋を見られたら、「女子力のかけらもないじゃないか」と呆れられてしまう。
そうなる前に片付けないと。
コンコン
今一番聞きたくない音が、扉から聞こえてきた。
ノックをしてくる人なんて楚山くん以外ありえない。
やばい。この状況はやばい。
とりあえず扉の死角になる場所に散乱していたものを山積みに。
たとえ10年会っていなくとも、楚山くんは私の幼馴染。隠し事をしていたらすぐバレそうなので、何食わぬ顔で対応しなければいけない。
「どうしたの?」
「時間あったらでいいんだけどさ。これから一緒に酒でも飲まない?」
★★★★★
「うぅ……」
机に一人、倒れ込んでいる酔っ払いがいる。
ウイスキーと炭酸水に、近くのスーパーのシールが貼られていたのを見た時点で、疑問に思うべきだった。
お互い成人し、初めてアルコールを交わす。
一体どんなことを話すんだろう? という好奇心が仇となり、楚山くんがお酒に弱いことに気づけなかった。
お酒に弱いというのに飲むスピードは酒豪のそれで、飲み始めて5分も経たずにノックアウト。
交わした話というと、ウイスキーと炭酸水の配分をどのくらいにしようか? ということくらい。
私が想像していた、幼馴染と久しぶりに再会して昔を懐かしみながらお酒を……という展開にはならなかった。
さすがの私は明日から転勤先の初仕事なので、少ししか飲んでいない。
そういえば楚山くんはいつから仕事なんだろう?
「んへぇ? 仕事?」
「そうそう。転職したんでしょ?」
「えっと、いつからだったっけ……。あぁ〜明日からだった気がするぅ〜」
果たして明日初出勤だというのに、こんなデロデロになって大丈夫なのだろうか。
「引っ越した翌日から初出勤なんてハードだね」
まあ、私も同じようなものだけど。
「中々部屋が見つからなかったんだよ!! ……石瀬もここらへんの物件見たんだからわかるだろ」
「そう、だね。不動産の人からここの物件教えてもらって、本当に助かったなぁ」
「だなぁ。俺も助かった」
「ま、私は一ヶ月後にはおさらばするけど」
「ずっと居てくれてもいいんだぞ」
「あはは。気持ちだけ受け取るよ。さすがにそんなことしたら、楚山くんに彼女ができたとき彼女さんの申し訳が立たないよ」
「……なんでそれ、俺に彼女がいない前提なんだよ」
「え。いるの?」
「いないけど」
楚山くんは顔を逸して答えた。
アルコールが回っているせいなのか、挙動の一つ一つに感情が直に乗っているように感じる。
再会して、楚山くんのことを大人っぽくなったと思ったが、あれはどちらかというと感情を表に出さなくなったということなのかもしれない。
そんな、素面で見せることのない顔を今は拝み放題だ。
「なに?」
さすがにジロジロ見すぎてしまった。
「いや、別に」
「……俺のこと見てどんなこと考えてたのさ。教えて教えて」
「昔の顔とそっくりだなって思ってただけだよ」
私の言葉を聞いた楚山くんは、まるでお母さんにお菓子を買ってもらいたい子供のような顔になった。
「昔とそっくりでモテなさそうな顔だって?」
「そ、そんなこと一言も言ってないけど」
「いいよ。いいんだよ。どうせ俺は女性の気持ちを理解できず、仕事を失敗するような男なんだから。……俺に比べて石瀬はいいよな。モデルみたいな体型だし」
「なにも、モテるのは体型に依存しないよ?」
「はいはいそうですよねー。かぁ〜やっぱりモテる人のアドバイスは的確だねぇ〜」
「別に彼氏なんて高校時代にできたのが最後だし、成人する前からずぅ〜っと独り身なんだけど」
「またまたぁ〜」
「いや、本当に独り身だよ」
「……え?」
あんぐりとした顔で、目をパチパチされるようなこと言ったかな?
「告白だって、成人してから一回もされたことないよ」
「なんだそれ」
「そんなこと私に言われたって困るよ」
たしかに私は楚山くんが言うように、周りからモテるように思われている。
だが、実際は違う。
まるで周りの男性から避けられているのかと思うほど、色恋沙汰なんてない。
彼氏を作るのなら自分から行動すればいいって? もちろん猛アタックしたよ。
したけど、すべてスカに終わった。
今思い出しても、あれは悪夢のようなことだ。
できるものなら、いつか彼氏に手料理を振る舞いたい。振る舞って、「美味しい」の一言がもらいたい。
「ったく。周りの男共は一体どんな目してんだよ」
「え?」
「俺は幼馴染で昔から石瀬のこと知ってるけど、すんげぇ〜可愛いと思うぞ。それも、男が寄ってたかるようにな」
「へ、あ、そ、そうかな」
「そうさ。かく言う俺は幼馴染だっていうのに、中学の頃石瀬に惚れたのからな」
「へ、へぇ〜」
楚山くんは酔っているせいで、すごいべた褒めしてくれる。
嬉しい。嬉しいけど、恥ずかしくもある。
こういうときはアルコールで誤魔化そう。
「おぉ〜。豪快に飲むね」
「全く。一体誰のせいだと思ってるの」
「可愛すぎる自分」
「生まれて一度もそういうナルシストみたいなこと思ったことないんだけど」
「知ってるよ」
「じゃあなんでそんなこと言ったの」
「ちょっとしたいじわるじゃん。こういう掛け合いしてると、中学のこと思い出さないか?」
楚山くんに言われて、たしかに同じようなことをしてたなと思い出した。
たしか学校でもよく喋っていたせいで、周りから「カップル」とか「夫婦」とか言われてたっけ。
私がちゃんと告白の返答をしてたら、そういう関係になってたのかな……。
★★★★★
「ぁ〜もう無理ぃ……たこ焼きはちょっと……」
お酒を飲みすぎて、楚山くんは寝てしまった。
さっきから全く繋がりのない寝言を口にしているので、見ているだけで面白い。
「これでいいかな」
近くにあったタオルケットを体にかける。
顔が近づいて寝顔に目がいったが、楚山くんの寝顔は昔から何も変わっていない。
優しそうな無防備な顔を見てると、不思議と心がほっこりする。
これは、小動物などを見たときのほっこりとはまた違う。
心のすべてを許してしまうような。
それでいて、心がキュッと締まるような。
「あのとき私、楚山くんのこと――――」
酔って口にした10年越しの返答は、お酒のせいで爆睡している楚山くんに届くはずもなかった。
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