第5話

 五年前、内閣府の会議室で安堂武蔵は泣き叫ぶ母親の背中をさすっていた。

「本日午後1時、内閣府は行方不明扱いだった安堂慎吾氏を神隠し救済法第二条より、神隠し被害者第一号と認定いたしました。安堂慎吾氏は東京第一大学政治法学部の准教授と知られ――――」

 渋谷駅前モニター、報道番組の女性キャスターが街歩くアサヒ国民に、淡々と内閣府の発表を伝える。

 安堂は高校生ながらも記者会見に応じ、父親が神隠しにあった悔しさを国民に伝えた。

 それから、二度と自分のように悲しむ被害者が出ないよう彼は努力して、内閣府直轄部隊、アサヒ機動レスキュー部隊、通称アキレス隊に入隊した。アキレス隊は、異世界から現れる、アサヒ国民を神隠しする死神を退治する専門部隊だ。神隠しを疑われて異世界の国へ怒りが湧く、アサヒ国に住む妖怪たちの力を使うとされる。

 

 神隠し、東洋の島国、アサヒ国で約八年前から突如発生した怪奇現象だ。人々が消えるのだ。つまり、行方不明となる。

 初めはリストラされたサラリーマンが多かった。心配した家族が捜索願を出しても、警察はまともに扱わなかった。しかし、ある日、ある男が自主したことで事態は急変する。

 その男は罪なき人々を拉致する罪悪感に負けて自白したのだ。異世界のサトゥルノ国から来てアサヒ国民を拉致していると。目的はサトゥルノ国を強国にするため、創造力と技術力を持つアサヒ国民を国営企業に入れ、さまざまな製品を開発していると。

 だが、アサヒ政府はこの国の安全保障に関わる事案を国民には伝えなかった。パニックを恐れたのだ。

 異世界があると知れば、政治家にとって都合のよい国民がすぐに行こうとするからだ。それは政治的にも経済的にも非常にマズい事態だった。群衆が暴走すれば、渋谷のハロウィーン騒動では済まない。


 そこで制定したのが神隠し救済法だ。

 謎の未確認飛行物体によって国民が連れ去られたと、行方不明者はその未確認飛行物体によって神隠しにあったとする法律で、神隠しと認定されれば警察の捜索が打ち切るものだ。宇宙へと探しに行けないから打ち切る、という設定だ。

 その代わり、遺族には多額の見舞金が支払われる。そして、秘密裏に異世界人、通称死神から国民を救出する部隊、アキレス隊が設立された。

 彼らは日夜、異世界からアサヒ国民を拉致しにやって来る死神を退治する。

 すでに神隠しの人数は一万人を超えていた。少子化で悩むアサヒ国にとっては、非常事態だ。もはや、いつでもどこでも誰でも消える恐怖を持っていた。

 次に神隠しに遭うのはあなたかもしれない、ほら、真上を見てごらん?

 そんな冗談が当たり前になるほどに。

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