第4話

 アサヒ国の六月は雨が好きだ。

 梅雨に入り、品川にある大学は傘が目立ち、レンガ調校舎もびしょびしょに濡れていた。

「何してんだ、あいつは」

 正午過ぎ、白髪が交じる中年の男は授業終わりに食堂へと向かう学生に混じって校舎内を歩いていた。

 目についたのは雨にも関わらず、屋根とテーブル付きのベンチ、東屋で弁当を一人で食べる男子学生だ。ぼさぼさの黒髪、古びたメガネ、よれよれのTシャツ、教科書が入っているだろうリュックを膝に置く、見るからに地味な学生だ。

「こんな天気に、一人で食べているのか?」

「あ、はい。友達いないんで」

 彼は淡々とコロッケを口に運ぶ。

「何も外で食べることないじゃん」

「あの、教授ですか? 何学部ですか?」

「俺は山田勝夫、こう見えても法律を教えている非常勤講師、弁護士だよ」

 と、財布から金色の弁護士バッジを示す。

「君、名前は?」

「島田草太(しまだそうた)です。法学部の二年です。山田先生は見たことないですけど」

「島田君ね。俺は今年からだからな。刑法の田中教授のお願いで来たんだよ」

「そうなんですね。弁護士の先生なら、聞いて欲しいことがあるんですけど」

「聞いて欲しいこと? 司法試験についてか?」

「はい。弁護士になりたいんですけど、親が家業を継げとかなんとかで」

「実家は何をしてるの?」

「パソコンの部品作ってます。小さい会社ですけど」

「へー、パソコンの部品を。珍しいね。でも、家がそれでよく弁護士に興味を持ったな」

「パソコンの部品って、特許が重要なんですよ。他にも知財とか詳しいほうがよくて、顧問弁護士の先生から話を聞いて興味を持ちました。パソコンの中には、色んな会社の部品が入っているんです」

「へー、自分で作ったりするの?」

「高校時代は趣味で作ってました。今はあんまりですね」

「パソコンが作れる弁護士ってレアだな」

「需要ありそうですよね。山田先生、よかったら今晩ご飯おごってくれませんか?」

「急に? 距離感おかしくねーか?」

「すみません」

「今晩つーか、今ならいいけどな。俺も腹減ってるし」

「今でもいいですよ」

「弁当食ったばかりじゃないか」

「意外と大食いなんです」

「そうか。じゃあ、駅前の居酒屋に行くか。そこの店長、気前いいから友達になれるかもな。鉄火丼がうまいんだよ」

 ぺこりと頭を下げた学生とともに、傘をさす山田は品川駅前にある行きつけの居酒屋に向かう。

 チン!

 雑貨ビルのエレベーターがベルを鳴らす。

「どうしたんだよ、早く降りろよ」

 リュックを抱きしめるメガネの男子学生は緊張しているのか、エレベーターから出ようとしない。

「山田勝夫先生って、本当に大学で教えているんですか?」

「なんだよ、いきなり」

「法学部の教授、講師、職員の名前に山田勝夫という名前は存在しないんですよ。なぜなら、さっき大学に調べてもらったのです。最近、都内の大学教授が行方不明になっていたので。だから、わかったのですよ。あなたが大学で神隠しをする《死神》だと」

「お前、まさか?!」

「アキレス隊と言えばわかりますよね、死神さん?」

 スーツの男は顔色を強張らせ、上着裏に隠していた渋茶の魔小刀を取り出し、男子学生に向けた。

《ストーン・ニードル》

 刃先が細長く伸び、その右胸の心臓を狙う。だが、男子学生は左手でリュックから紫色の数珠を取り出し、妖しい風の結界を張った。

《護風壁(ごふうへき)》

 刃先が弾かれた。間髪入れずに、彼は右手でリュックから銃を取り出し、銀色の弾丸を右足に発砲したのだ。

 そして、メガネを投げ捨て、ひざまずく男にこういった、

「内閣府、アサヒ機動レスキュー部隊、東京本部所属、三等兵、安堂武蔵(あんどうむさし)だ! 死神よ、投降しろ!」

「なるほど、妖怪使いという奴か」

 右足を抑える男は薄笑いを浮かべ、腹から叫んだ。

「ダビッド、奴らだ! 逃げろ!」

「でも、ディアゴさんは?!」

「俺のことはほっとけっ! 行けっ!」

 店から聞こえていた声が消えた。異世界にでも消えたのだろう。

「お前、安堂といったな。フン、親父さんそっくりな目だな」

「お前、父さんを知っているのか?!」

 男の目は何かを察しているよう、黒目が澄んでいた。

「ああ、知っているよ。だがな息子よ、よく聞け。俺は愛する家族を守るためなら、死ねるんだよ(マイカ、イサベル、そしてアンディ、愛しているよ)」

 グサリ、男はそのナイフで心臓を突き刺した。即死だった。

「お前、死ぬことないだろうがっ! お前にも家族がいるんだろ! 俺の父さんはお前が消したのか、おい! おい! 答えろーっ!」

 国を愛する若き隊員は誰もいない居酒屋で一人、男を抱いて叫んだのだった。

 




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