第3話

「ただいま、お前たち」

 帰宅した父親に幼い娘が抱きつく。小さいので顔が股間に当たる。悶絶だ。

「おかえり、父さん」

「あなた、おかえりなさい」

 妻と息子も家の主、ディアゴを笑顔で迎える。

「おー、グラタンじゃないか! それにおでんに卵焼き、俺の大好物ばかりだ」

 男は妻に感謝した。四人の幸せな家庭を築いている。他愛ない話もおかずにして、家族と時間を過ごす。和やかな団らんだ。

 ディアゴの家は最新の家電製品で溢れている。電子レンジ、冷蔵庫、炊飯器、掃除機、洗濯機、クーラー、テレビなどだ。アサヒ国民には当たり前の製品でも、サトゥルノ国では高級製品だ。移住者のアサヒ民が開発製造した結果だ。彼らをこの国へ導いたのがディアゴ・フェルナンデスだ。

 電子レンジと冷蔵庫で自作したデザートのプリンを食べ終わった息子、アンディがかしこまった態度で父親に告げる。

「父さん、俺、軍人になりたいんだ。マーズ国と戦える強い魔術師に!」

「アンディ、それはダメだと言ったはずだ」

「でも、父さん!」

 新聞を取って、父親に記事を見せた。マーズ国の海軍がサトゥルノ国の領海で漁船を沈めたニュースだ。すでに水の国を議長に、二カ国間協議が行われている。

「こんなことされて、黙ってろというの? マーズのような野蛮国家を許せるわけがないだろ! 俺は絶対に軍人となって奴らを倒す! 殺されたモニカのお父さんのためにも!」

 モニカとはアンディの彼女だ。三年前、マーズ国との国境付近で戦闘が起き、一年間の末に休戦した。その犠牲者だ。

「アンディ、感情に流されるな」

「俺は、俺は父さんみたいな誘拐犯になりたくないんだよ!」

「アンディ、なんてことを言うの?!」

 妻が息子を引っぱたいた。

「イタいよ、母さん! 父さんに殴られたこともないのに、なんで母さんに殴られるんだよ!」

「あなたがバカ息子だからよ! お父さんは、テロリストとの戦いでトラウマを抱えたの! 苦しんでいたのに、スイカになってからこんなに元気になったのに」

 妻が娘を抱きしめて泣いてしまった。息子もどうしていいのかわからず、声を出さず涙を流す。

 父のディアゴは、アンディを静かに抱きしめた。「お前は優しい子だ、アンディ。優しい子は銃ではなく、愛を持つんだ。お前なら、傷ついたリストラサラリーマンたちを救えるはずだ。たとえ、誘拐犯だと後ろ指をさされても、俺はこの国であいつらの生き場所を与えることに誇りを持っている。アサヒ国はな、マーズ国のように腐っているんだ。お前も行けばわかる、アサヒ国に」

「ごめんなさい、父さん! もう一度、進路について考えるよ」 

「アサヒ民に相談してみろ。きっとお前の悩みを解決してくれる。すごいんだぞ、リストラサラリーマンたちは!」


 

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