第3話 多分本屋?
長身の男は足も長いらしく、普通に歩いているはずなのにこっちは早歩きしなきゃ追いつけない。
右へ、左へ、回って右へ。
大通りから離れ、細い小道へ進んでいく。
気がつけば自分と男以外誰もいなくなっていた。
床もただの白いまっ平な床から日本風流漂う石畳になり、道を狭める建物は洋風と和風が入り乱れて並んでいる。
変な場所だが見ていて飽きない。
「どこまで行く気だよ」
長身の男が木造の家の前で立っている。目的地にはもう着いていたようだ。
慌てて来た道を戻る。
そこは、二階建てで障子窓の多い大正時代風の家だった。玄関は引き戸でその上に菱形の格子で区切られたガラス張りのウォールランプが垂れている。
男が引き戸を開け、中へ入る。俺も続けて入った。
「本、屋?」
広くもなく、かといって狭くもない部屋には、本棚がずらりと並んでおり、パッと見は本屋そのもの。入口から入ってすぐにカウンターがあり、奥には二階へと続く階段が。
カウンターの横には本の束が平積みされた台が、一押し!めちゃ読まれてる!とかが書かれたポップに飾られている。
「そこのテーブルの上に置いといてくれ」
「あ、はい」
窓際に二人掛けのソファと一人掛けの椅子が四つ足テーブルを挟んで置かれている。ここで読書をしたら格好つけられるなとか思ったりして。
慎重に、落とさないように持っていた本達をテーブルへと移す。
ずっと持ち続けていたおかげで腕がだるい。
「ひー」
「おっつー。悪いなー運んでもらっちゃって」
軽々しいイケメン野郎め。絶対思ってないだろ、感謝とか。
「はいこれ。労働ほうしゅー」
手渡された一粒の飴ちゃん。ピンク色の包みも飴結びになっており、真ん中に『ミルク』と太文字で書かれていた。
「味わって食べろよ。この俺様が特別に無料であげたったんだからな!自慢しても良い」
「…うっす」
いや労働報酬ちゃうんかーい!と、喉まで出かかったが必死に止めた。
これ以上関わると面倒臭いことに巻き込まれそうだ。そう俺の直感が警鐘を鳴らしている。
「それじゃ、あざっしたー」
「おう。もう俺の足踏むなよ〜」
踏みたくて踏んだんじゃねーし!ちょっとずつイラつくことを言う男を背中に、勢いよく引き戸を引いた。
「きゃっ」
「おわっ」
出入口のすぐ目の前に女の子がいたようだ。気が付かずに飛び出ようとした俺に驚き、女の子は尻餅をつく。そして俺も急にきたドアップの女の子にバランスを崩し…
ガンッ。
「いって、くない?…ハッ!」
「お前ぇ…」
今度は尻で踏んでしまった。拍子にカウンターに頭を盛大に打ったようで、後頭部を抑えている。わ、わざとじゃないんだよ。タイミングがタイミングだっただけで。
「あああ!すんません‼︎」
「っ〜〜労働ほうシュー没収!取り消しだ取り消しぃ」
ついさっきもらったミルク味の飴ちゃんは奪われ、怒った男だけが残った。
「あのぉ、ご、ごめんなさい…」
「へ?ああ!いや俺の方こそ、その、前をよく見てなくって」
そうだ忘れていた。
起き上がった女の子は俺よりも幼く、大体中学生くらいに見える。
淡いブルーのワンピースを着た女の子は、セミロングの黒髪を綺麗な麻の葉柄のカチューシャで抑えていて淑やかな感じを受けた。
俺と違ってクッションがなかったが、お尻は大丈夫だっただろうか。
ワンピースの裾を弄りながら女の子は聞く。
「あの、お兄さんが店長さんですか?」
「店長?」
「この小僧が店長な訳あるか。店長はオーレ。お嬢ちゃんは依頼?それともただの買い物か?」
「…買い物です。坂本龍馬の本、まだありますか?」
「あるぜ。あいつ人気だからな。そこの台に置かれてるから好きなの持って行きな」
女の子はそう言われると、ポップで飾られた台へ小走りに向かった。
平積みされた本の一角から五センチはある分厚い本を持つ。表紙は革張りの深い青。『坂本龍馬』と浮き彫りが施されているのが少し離れていてもよく見える。
やっぱりここは本屋なのか。俺でも知っている偉人を胸に、女の子は店長、そして俺へとお辞儀をして出ていった。
「あれ?お代、は…?」
「は?ある訳ねーだろ。何言っちゃってんの」
男もとい店長は、テーブルに乗ったまま放置されていた本の束を半分持ち、カウンターの中へと入る。
どうやら二階まで持って行くらしい。
「何してんだよ。お前も残り持って来い」
「え、」
「追加労働!」
「え〜…」
さっきのあれは事故で仕方がなかった、という言い訳は無謀そうだ。
せっかく回復した俺の腕ちゃん。申し訳ないがもう一度頑張ってくれ。
あの男のことだ。ふらついて本を落としでもしたら賠償金代わりだなんだといちゃもんを付け、この本屋で不本意なアルバイトをする羽目になる。
それだけは死んでもごめんだからさ。
俺は慎重に慎重を重ねて、2階へと続く階段を軋ませながら登って行った。
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