第2話 謝罪じゃなくて労働で


天井を見上げる。


 鍵を握った右手をズボンのポケットに入れ、白い着物を着た人々と異形の生き物が行き交う群れの塊に加わって数分。そのまま流されるままに歩き続けている。

一人だけ白Tシャツに青系のジーンズを履く姿は、少しだけ異質に見えて気恥ずかしい思いだが、周囲から視線を感じることはなかった。

ただ各々が進む先だけに焦点を当てている。そんな感じがする。


「どこ行きゃいいのか…」


 キョロキョロとあたりを見渡すも看板らしきものはなく、自分がどこにいるかさえよく分かっていない。

 とにかくこの流れからはそろそろ抜け出したい。そう思った俺は、道の真ん中あたりから道の脇に寄ろうとした。川を下るのは簡単だが横切るには力がいる。なかなか思い通りに動けない。

 ぶつかりながら必死に足を動かしていると


 「いでっ」


 誰かの声が近くで聞こえた。きっと誰かと誰かがぶつかったんだろう。見つけようにも視界いっぱいに白装束が広がる中では何も見えない。

 紲馬は気にすることなく歩き進めようとする。するとまた、


 「だから痛えって!」


 さっきの声が聞こえた。それも今度はもっと大きな声で、丁度頭上付近から。

顔を上げると端正な顔立ちを歪めた男の顔があった。

カラメルを入れすぎたプリンのような髪を横髪だけ後ろで束ね、銀の丸渕眼鏡をかけている。古びたデニム生地のエプロンをヨレたシャツの上から掛けており、両手には何冊もの種類の違う本を抱えている。

そしてその目は紲馬を捉えたままだ。


 「あ、俺?」


 「お前以外に誰が俺の足踏んでんだよ」


 足元を見ると、確かに踵で黒のサンダルを履いた彼の足を踏んでいた。


 「うわっほんとだ。ごめんなさい、気づかなくって」


 紲馬は慌てて足をどかす。


 「チッ、気をつけろよ」


 「…すんません」


 (何で俺ばっかり…そりゃ俺が悪かったからだろうけどさ…)


 絶対他の奴も踏んだだろとか、見えなかったんだから仕方ないじゃんとか、ぐるぐると言い訳が腹の中で回る。


 さっさとこの場を離れよう。

この男、何だか胡散くさそうな雰囲気出してるし、厄介ごとを自分から発信していくタイプに違いない。


 「おいおいおい、どこに行くつもりだよ。話は終わってねーぜ」


 長身が紲馬の行く末を遮る。

心なしか丸眼鏡の奥に隠れた翡翠色の瞳が輝いて見えた。


 「えっと、本当に不注意だったんすよ。ごめんなさい」


 「あ?謝罪なんざどうだっていいの。俺、そんな器ちっさくねーし。それより手を出せ。片手じゃない、両手だよ」


 訳が分からず、けれど言う通りに紲馬は両手を差し出した。


 「ちゃんと力入れて持てよ」


 ニンマリと口角を上げた男は顎に届くくらいの量の本を全て紲馬に渡した。

急に来た重みと、本の背表紙によって埋もれた視界で思わずふらつく。


 「っっおっも!ちょ、何で俺に持たせてんの?!」


 「詫びだよ詫ーび。百回の謝罪より一回の労働って知らねーの?言えば済む言葉なんざ軽い軽い。俺、損したくないタイプなんだよね」


 空いた両手を揺らして男は紲馬に言う。


 「さっさと行こうぜー。すぐおわっからさー」

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