第92話 帰還
スードナムとシェルバリット連合王国を救う。
その方法と今後の動向を決めた後、セリナは移動を開始。
森を抜け、ようやくシェリダンの町が見える麦畑まで戻ってきていた。
「と……遠かった」
『飛び過ぎたのぅ』
時は既に夕刻。
亀を救う最後の場面、瘴気から逃れるため距離を開けようと跳躍したのだが、咄嗟だった為調整など皆無。
ありったけの力を籠め飛んだため、町からかなり離れてしまっていたのだ。
幸い亀が倒れた為ゴーレムは現れず、魔物も森の異変を察知し逃げ出していたため戦闘になる事はなかった。
が、森の中を数時間歩き続けた事で、服や髪には葉や枝がひっかかり。
セリナの顔には疲労が色濃く現れていた。
麦畑には依然息絶えた魔物の姿があるが、町の方からは戦闘の音は聞こえない。
探知魔法にも魔物の反応はなく、守衛騎士団と冒険者たちはしっかりと守り切ったようだ。
町の外周には防御陣地が築かれたままであり、戦闘の後や討伐した魔物の片づけが行われていた。
けが人や救護している様子はない為、状況は警戒態勢に移行しているのだろう。
セリナはそんな周囲に目を光らせる騎士たちを掻い潜り町の中へ。
姿を見せないのは何故子供が町の外に居たのか、怪我はないのかなど、非常にめんどくさいことになるのを避けるため。
小柄のセリナであれば、大型の魔物を警戒する騎士たちの目を掻い潜ることは容易く。
監視が薄い場所からこっそりと町にはいり、孤児院を目指す。
街中もあちらこちらに戦闘の跡が見え、場所によっては建物が壊れている。
地面も土が抉れていたり、折れた矢や剣、槍などが放置されていた。
唯一、魔物の死骸だけはなく、これも騎士団や冒険者たちが片付けたのだろう。
町を離れた時よりもひどくなっている惨状に、一抹の不安を思えるセリナ。
結界を張ったから大丈夫なはず、と自分に言い聞かせながら、それでも小走りで孤児院へと駆けてゆく。
「あれ、なにこれ?」
孤児院の影がようやく見えて来た時、セリナは思わず首をかしげてしまった。
しっかりと結界を張っただけあり、孤児院は健在。
何かが壊れたり、崩れたりしている様子もない。
違っていたのは、人の数。
セリナがここを離れる時はローラントたちしか表に出ておらず。
シスターを含め、子供たちは教会の中に避難していた。
それが、今では大勢の人で賑わい、炊き出しまで行っているではないか。
一体何があって、どうしてこんなことになっているのか訳が分からぬまま。
呆気にとられた表情で、教会の敷地内へと足を進めるセリナ。
「あっ、セリナ!」
「よかった、戻ってきた!」
「帰ってこないから心配した」
「えと、ごめんなさい」
帰ってきた姿を見て、ローラントとアンナ、エマが駆け寄ってくる。
魔物の攻勢をしのぎ切ったが、日が傾いても一人出ていったセリナが帰ってこないと心配していたのだ。
なにがあったのかは放せないが、遅くなったことを謝罪するセリナ。
合わせて、なぜこんなに人がいるのか聞いてみると……。
「結界があるから、逃げ遅れた人やけが人を集めたんだよ」
「そしたら、他の避難所にいた人たちも集まって来ちゃって」
「終わった後もここの方が安全だって」
「なるほど……」
セリナが結界を張って教会を離れた後、ローラントたちは周囲の人達の救助に向かった。
魔物はほとんどいなかったが、年配で逃げ遅れた人や怪我を負い逃げ遅れた人は多く。
そう言った人たちを教会まで導き、結界がある事を知らせていった。
すると、他の避難所にいた人々も「結界のある教会の方が安心だ」と移動してきたのだという。
幸い、教会の敷地は広く。
セリナの張った結界もかなりの規模だったため、逃げてきた人は全員入ることが出来た。
騎士団から魔物は全て倒したという報告が上がってからも、家が損壊した、不安だ、などから教会に残る人も多く。
騎士団や冒険者ギルドも協力のもと、こうして炊き出しを行っていたという事らしい。
「ローラント、どうしました?」
「シスター、セリナが帰ってきました」
「まぁ! よかった、心配したのですよ!」
「すみません、シスター」
「聖女様が張ってくださった結界の中にいれば大丈夫ですから、安心してくださいね」
「……聖女様?」
「怪我を負っていたらティグに治してもらってください。あの子、回復魔法の才に目覚めたようですので」
「……ティグが!?」
ローラントたちに近付いてきたシスターがセリナが戻ってきたことに気付き、抱きしめてくる。
余計な心配をかけてしまったなと申し訳なさそうにするセリナに、思いがけない言葉が降ってきた。
結界を張ったのはセリナであり、聖女ではない。
さらにティグの回復魔法という言葉。
たしかに、ティグには回復魔法の素養があり、人目を忍びながら教えてきた。
出来る限り人前では使わないように、とは教えていたのだが。
「シスター、その子は?」
「この子も、孤児院の子です。姿が見えなかったのですが、ようやく戻ってきました」
「そうか、そりゃあ怖かっただろう」
「こちらに来なさい。聖女様の結界なら、もう大丈夫ですからね」
「パンと暖かいスープもあるぞ」
「あ、ありがとうございます」
もはやどんな表情をしていいのか分からないまま。
避難してきていたおじさんとおばさんに導かれ、炊き出しを食べている人の輪に加わるセリナ。
ローラントたちも食事をとるらしく、パンとスープを片手に腰を下ろしていた。
そんな彼らにセリナは近付くと、一体どういうことなのかと事情を聴取する。
「そのほら、結界をセリナが張ったって言うのは、さ」
「みんな信用しないし、セリナもあまり大きな話にしたくなかったでしょ?」
「それは……まぁ、そうだけど」
「だから聖女がやった事にした。ちなみに、言い出したのはローラント」
「あっ、ちょっと、エマ!」
もともと言い出したのはお前だろう、と訴えるもエマは取り合ってくれず。
勝手に聖女扱いにしたことでバツが悪そうに冷や汗を浮かべ、視線を泳がせる。
もっとも、セリナとしても自分が結界を張ったという事実は知られない方が都合がよく。
「私、聖女じゃないんだけど」と言いながらも、インクで共に学んだイノと同じ聖女と呼ばれるのはまんざらでもなく。
ついつい笑みをこぼしてしまう。
「セリナ、おかえり!」
「あ、ティグ!」
そんなやり取りをしているところに姿を現したのは、孤児院で唯一回復魔法の才があるティグだった。
彼も食事がまだだったらしく、セリナやローラントたちの横に腰かけ、食事を共にする。
「ティグ、回復魔法、使ったの?」
「……うん。使った」
セリナの「回復魔法は使ったのか?」という問い。
これにティグは食事の手を止め、視線を落とし、申し訳なさそうに答えた。
「怪我してる人、放って、おけなかった」
「ティグ……」
「ごめん、なさい……」
「ううん、いいよ!」
回復魔法はセリナが彼の将来のためにと教えた事だ。
知れると確実に騒ぎになってしまうため、神父さまやシスターたちにも秘密にしながら。
しかし、魔物に襲われ、避難してきた人たちが怪我で辛そうにしているのに、それを放置することはティグには出来なかった。
教会には多少の治療道具こそあれ、回復魔法を使える人はいない。
オリファス教の教会には居るが、そちらは騎士団や冒険者の負傷者の治療を優先。
とても町はずれにある、孤児院併設の教会まで来てくれるとは思えない。
たとえセリナとの約束を破ることになったとしても。
自分の力で人々を助けたい。
ティグは自らそう考え、行動したのだ。
セリナに怒られる、呆れられ見捨てられるとしても、人々を治したかったと語るティグ。
そんな彼を、セリナも責めることはなく。
むしろ、「よく頑張ったね、すごいよ!」と褒め、自分の事のように大喜び。
なお、ティグは自分に向けられたセリナの満面の笑みに思わず頬を染め、彼女から視線を外してしまう。
その横で、ローラント、アンナ、エマも3人が何やらニヤ付いていた事は言うまでもないだろう。
もちろん、スードナムも同様だ。
その後、完全に日が落ちた事で炊き出しも終了。
避難してきた人たちを安心させるために、結界も数日そのままにしておくことにし。
大勢の人々と共に一夜を過ごしたのであった。
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