第91話 たどり着いた真相


 セリナと亀が死闘を繰り広げた場所からかなり離れた森の中。

 スードナムの言葉で全力で飛び立ったセリナは、バキバキと木の枝を折りながら、この地点に落下した。


「がほっ、げほっ! おええぇぇぇぇえぇぇ!」

『セリナよ、もう少しじゃ! しっかりせい!』


 跳躍からの落下のダメージは身体強化を行っていた事と、スードナムの防御壁でゼロ。

 それ以上に危険なのは、亀から受けいまだ体の中で暴れまわる瘴気だ。


 体を痙攣させ、目と鼻からは血を流し、激しく嘔吐するセリナ。

 今にも気を失ってしまいそうなほどの苦しみの中、必死に回復魔法をかけ続ける。


『体内の瘴気はワシが魔力循環で排出させる。おぬしは回復に専念するのじゃ』

「ぐっ、ううう……うあああぁぁぁ…………!」


 セリナ自らが選んだ事とは言え、齢12歳の少女にはあまりにもつらい苦しみだ。

 スードナムも何とかしてやりたいが、回復魔法を使えない以上、治癒はセリナに任せるしかない。

 彼に出来る事は魔力循環を応用し、体の中にまで入り込んでしまった瘴気を洗い流し排出させること。

 セリナの嘔吐はその為だが、排出させなければ回復魔法の効果も薄くなってしまう。


 どれだけのたうち回ったか。

 次第に嘔吐する回数が減り、回復魔法の効果で紫黒色に変色し骨が見えていた腕も肉が戻り、血色が戻ってきた。

 依然額に汗を浮かべ、苦悶に満ちた表情ではあるが、峠は越えたようで呼吸は落ち着き始め、目もあける余裕も出てきている。


「はあっ、はあっ、はあっ……おえっ」

『ふむ、回復が侵食を上回り始めたようじゃの。もう一息じゃ』


 苦痛が軽くなってきたことで集中する余裕が生まれ、より高度な魔法を使うことが出来るほどに回復。

 セリナを中心とした魔法陣が出現し、淡い光に包まれる。


 これにより体の損傷を全快させるとともに、瘴気の浸食を一気に浄化。

 死の淵からようやく全回復まで出来たと、セリナは立ち上がると近くにあった大木を背もたれにするように腰を落とした。


「うぅ……死ぬかと思った」

『ほっほっほ。危なかったのう』

「ありがとう、スーおじいちゃん。これが……」

『そうじゃ。あの亀の魔石じゃ』


 体力は回復しても、激しい戦闘と瘴気に侵されていたことによる精神的疲労は簡単には抜けない。

 疲労困憊、精も根も尽き果て、ぐったりとした表情のセリナ。


 そんな彼女が視線を向けたのは、亀の体内に突っ込み、スードナムに引き抜くよう言われてからずっと握りしめ続けていた右手の拳だ。

 引き抜いた時と同じ腕とは思えないほどに回復した腕と拳。

 その拳をゆっくりと開くセリナ。


 中にあったのは、セリナの小さな手のひらにもすっぽりと納まるほどに小さく。

 しかし今まで見た事もない程に美しい、魔石だった。


 これこそが、スードナムが提案した亀を救う方法。

 マナが枯渇し、瘴気に侵され、腐り朽ち果ててしまった体では、もはや生き残るすべはない。


 そこで、生きているうちに魔物の核となる魔石のみを取り出すという荒療治に出たのだ。

 魔物、特に上位のものになればなるほど魔石に魂が宿るとされ、体が滅んでも意識と記憶は魔石に残る。


 あれほど瘴気に侵されていては、魔石自体も酷く汚れてしまっているのだが、そこはスードナム。

 汚れされていない部分にまで魔石削り。

 わずかに残った、純粋清楚な部分に亀のすべてを詰め込み、摘出したのだ。


「スーおじいちゃん、すごく小っちゃいけど……大丈夫なの?」

『心配せんでよい。こんななりじゃが元は神獣。しっかりと生きておるよ』


 家と同じくらいの大きさはあった亀なのだ。

 本来の魔石は相当に大きかったはず。

 しかし、スードナムが削り、セリナが救い出した魔石の大きさは手のひらほど。

 本当に生きているのか気になっても仕方のない話だろう。


 スードナムの言葉を確かめるように魔石をのぞき込むセリナ。

 すると、いままで魔物を倒し採取してきた魔石とは違い。

 力強く重を感じさせる淡い光を放っており、この魔石が生きている事を実感させていた。


『……思ったよりも時間がかかってしまったわい。辛い思いをさせたのう』

「えへへ。でも生き残ったし、亀さんも助けられたからいいの!」


 スードナムの謝罪に、笑顔で答えるセリナ。

 当のセリナは飄々としているが、これはセリナとスードナムでなければ出来ない離れ業だった。


 いくら防御結界を張っていても、瘴気に侵された亀の体内に腕を突っ込めば侵食は免れず。

 侵食に抵抗、拮抗できるほどに回復魔法を継続してかけ続けられなければ、全身を蝕まれ死に至る。


 回復魔法を使えないスードナムでは行えず。

 セリナのような無尽蔵の魔力と、高位の回復魔法が使えなければ到底不可能。


 挙句、瘴気に侵され、悶えるような苦痛に耐えながら回復魔法を使用する中。

 亀の体内にある魔石を探し、汚染された部分を取り除き、手の中にまで移動させるなど、到底一人が成し得る技ではない。 


 セリナの回復魔法と、スードナムの魔導技術、実行できるだけの魔力量。

 ひとつの体に二人の意識が混在するからこそ成功した、奇跡の様な救出劇だったのである。


「ふふっ、亀さんの魔石、綺麗だね」

『セリナよ、そのことなのじゃがな』


 これで目標達成。

 魔力が枯渇し、苦しみのあまり大地のマナを吸っていた亀を救い出したことで問題解決。

 全部終わったという安心感と、亀の魔石があまりに綺麗だと笑みをこぼすセリナ。

 しかし、スードナムが何か言葉重げに語り掛けてきた。


「どうしたの、スーおじいちゃん」

『亀の魔力枯渇じゃがのう……人的なものじゃった』

「えっ、どういう事?」

『実はの……』


 それは、スードナムが気付いた事の真相。

 何者かがシェルバリット連合王国の国土全てを覆う特殊な術式を施しており、地中のマナを吸っているのだという。


 セリナが救った亀は、この辺り一帯を治めていた主であり、神獣に近い格を持っていた。

 そんな亀が魔力を枯渇させ、アンデッド化するなど、そうそう起こる事ではない。


 最初に見た時から違和感はあったが、かといって絶対あり得ない話でもない。

 今回はその稀な事なのだろうと思っていた、のだが。


『亀の魔石がの、絡め取られておったのじゃよ』

「絡め……取る?」

『魔力を吸い取る術式にの』


 セリナが亀の体に腕を突き刺し、スードナムが魔石を探し当てた時。

 亀の魔石は呪術にも似た、大地からマナを吸い取る術に絡み付かれていた。


 もともと土の中で生活し、大地のマナと深い関係性であったため、術式に触れ侵されてしまったのだろう。

 これにより亀の魔力が吸われ、減り続けた結果、魔力枯渇状態へと陥り。

 あまりの苦しみから大地のマナを吸い取るようになったのだ。

 しかし、そのマナも術式により減っていたため満足な量を得られず。


 次第に体も朽ち始め、半狂乱となりゴーレムを召喚。

 魔物や人々から魔力を吸い取り始めたのだ。


「そんな……ひどい」

『亀の魔石に絡んでおった術式は全て断ち切った。じゃが……』

「じゃが……なに?」

『依然、シェルバリットもシェリダンも術中じゃ。マナ不足は解消されず、大地が死にゆくじゃろう』

「嘘……」


 スードナムから告げられた、衝撃の真実。

 あまりの事の重大さにセリナは絶句。

 先ほどまでの笑顔は完全に消えてしまっていた。


 考えてみれば、シェリダンの街だけならまだしも。

 シェルバリット連合王国の広大な大地、全土のマナをこの亀1匹だけで吸っていたというのは、いくらなんでも規模が大きすぎる。


 亀の魔力枯渇はこの国に仕掛けられた術による被害の一例に過ぎず。

 事態は解決しておらず、このまま悪化し続けるという。


「……スーおじいちゃん、そんな術、誰が使ってるの?」

『それは分からん。術式の複雑さと規模から、相当腕の立つ魔導師が数人はいると思うがの』


 この世界の一般常識で考えれば一国、それもシェルバリット連合王国を包み込むような術式などありえない。

 結界魔法でも人が数人入れる程度、家を覆う規模では何人もの【結界術士】の紋章持ちが必要だ。


 セリナも、これがスードナムが語る話でなければ信用していなかっただろう。

 だからこそ、スードナムの話は真実であり、事態の深刻さを物語っていた。


 俯いたまま、何事か考えるセリナ。

 そして……。


「スーおじいちゃん、私……この国、救いたい」

『ふむ、知らぬ存ぜぬで通すことも出来るがの?』

「私、ローラントやアンナ、エマ、孤児院の皆がいる、この国を助けたい!」


 セリナは言ってしまえば部外者だ。

 この国はおろか、シェリダンの町に来たのも数か月前。

 見て見ぬふりをし、他の国に逃げることも出来ただろう。


 だが、シェリダンに来てからであった人々は違う。

 みなシェリダンを、シェルバリット連合王国を愛し、好いている。

 セリナ自身も、この国を愛する人たちからとてもよくしてもらった。


 ゆえに、否、だからこそ。

 このまま国が滅びて行く姿を黙って見ている事など、出来ない。


「あの……スーおじいちゃん、手伝って、くれる?」


 もっとも、それはセリナの意志だ。

 セリナは既に上位の紋章を持っている者よりも、はるかに高いレベルにいる。

 それでも、この事態をすべて解決できるほどではない。


 セリナの命の恩人にして、師。

 義理の祖父と言ってもよい古の大魔導師、スードナムの助けがいるのだ。


 一国を救うという、度を超えているかのようなわがままにつき合わせてしまうと。

 申し訳なさげにスードナムに問うセリナ。


『ほっほっほ』

「スーおじいちゃん?」

『わしを誰だと思っておるのかの?』


 怒られ、止められることも覚悟していた、そんな中。

 スードナムから返ってきた声は、まるで孫にお願いごとをされた好々爺のように上機嫌なものだった。

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