第88話 神の奇跡


 孤児院を守っているローラントたちを助け、魔物の進入を拒む結界を張ったセリナ。

 これで孤児院の方は大丈夫と、街の広場を目指していた。


 道中、街に侵入している魔物を倒し、戦闘を行っている守衛騎士団をこっそり助けながら、足早に駆けてゆく。

 ほどなく、目的地である広場へとたどり着いた。


「あの、広場へ入ってもいいですか?」

「お嬢ちゃん一人か? 怖かっただろう、さぁ、入りなさい」


 広場へ繋がる道は、魔物の進入を防ぐため家具などを重ねたバリケードで塞がれていた。

 とは言え、人が通れる程度の隙間は残されており、防衛する騎士に話しかけ広場へと入れてもらう。


「人がいっぱい……やっぱり怪我してる人が多いね」

『思った通り、避難所兼救護所になっとるようじゃな』


 街一番の広さを持つこの広場。

 常に探知魔法を使っているスードナムによると、戦闘を行った騎士や、避難が遅れた人などがこの場所へ移動している動きを察知。

 集まり方が他の避難所らしき場所よりも多かったため、ここが避難所の他に、けが人の救護所にもなっているだろうと推測した。

 

 その予想通り、広場を囲う様に配置された騎士団や冒険者の内側には、避難してきた人々や怪我を負ったらしき人や騎士たちの姿があったのだ。

 中には森で助けた冒険者の姿もあり、かなり疲弊した様子で避難してきた人たちと共にうずくまっていた。


「怪我してる人多いね……」

『いきなり魔物が押し寄せたからのう。人々が避難する時間を稼ぐため無理をしたのじゃろう』


 魔物は獣より体格が大きく、気性も荒く攻撃的だ。

 本来は森の深部にいるが、ゴーレムに追いやられたことで気が立ち、いつも以上に攻撃的、いわばパニック状態だったのだろう。

 そんな魔物たちから一般市民が避難する時間を稼ぐため、重傷を負いながらも騎士や冒険者たちは奮戦。


 ここまで仲間達に運ばれたが、受けた傷はかなり深く。

 顔を包帯で覆っている者、腹部に巻かれた包帯が血で真っ赤になっている者。

 剣や鞘を当て木代わりに手や足を固定されている者なども数多く。

 街の医者や、心得のある者が治療を行っているが、人手も治療用のポーションも不足しているような状況だった。


「すぐに治療してあげないと……!」

『待つんじゃセリナ。ここで回復魔法を使うと面倒になるぞ』

「そんなこと言ってられないよ!」

『焦らずとも大丈夫じゃて。ほれ、来たようじゃぞ』

「えっ?」


 まさに野戦病院。

 目も当てられないような光景に、自分も治療に参加しようと駆け出すセリナ。

 だが、ここで回復魔法を使うと騒ぎになり最悪オリファス教に所在がバレる恐れがある。


 スードナムがそう諭すも、当のセリナは目の前で死にかけている人を放って置けないと飛び出しそうになっていた。

 だが、スードナムの「来た」という言葉で踏みとどまり、指摘された方向を見つめる。


「すいません、遅くなりました!」

「いえ、よく来てくださいました!」

「おい、お前ら助かったぞ!」


 冒険者と騎士団に護衛され、広場に姿を現したのはセリナもよく知る、オリファス教会の服を着たシスターたち。

 セリナ見つかるまいと慌てて姿を隠し、彼女たちの動向を観察する。


「さっそくですが、治療をお願いできますか?」

「はい。ですが、これだけの人数です。一人一人見ていては時間がかかり過ぎます」

「……では?」

「私達で範囲魔法を使います」

「完治は無理ですが、死の淵から脱することはできるはずです」


 数人のシスターたちと、この場を預かっている部隊長らしき人物との会話。

 どうやらシスターたちは怪我人の治療のため、協力依頼を受けてここに駆け付けているようだ。

 会話の内容から全員が治療系の紋章の受章者であり、大勢のけが人を一気に回復させるため複数人による回復魔法を使うのだろう。


「範囲魔法……それなら……!」

『そうじゃ。セリナよ、出来るな?』

「もちろん!」


 話の内容に影から聞き耳を立てながら、セリナがニヤリと笑う。

 スードナムの問いかけにも自信満々に答え、息を荒くする。


 セリナが行おうとしているのは、シスターたちの範囲回復魔法にセリナの魔法をかぶせるという荒業だ。

 シスターたちの魔力量や話の内容から察するに、彼女たちが行う範囲魔法ではここに居る全員を完治させるほどの効果は期待できない。


 魔物に襲われている現状であればそれでも大助かり。

 九死に一生となるが、セリナであれば全員を完治まで持っていくことが可能だ。

 これをセリナが人前で、いきなりやっては大騒ぎとなるだろう。

 しかし、シスターたちの魔法に上乗せすれば?

 周囲は彼女たちの魔法だと認識するはずだ。


 人々を救ったという貢献はシスターたち、しいてはオリファス教会のものになるが、セリナとしてはそんなことはどうでもいい。

 今この場に居る人が誰一人死なない事の方が重要なのだ。


「それでは始めます。みなさん、手を」

「はい、リアンダ様」

「今こそ、主から授かった紋章の力を」


 広場の中心で、シスターたちが輪になり、お互いの手を取り合う。

 詠唱を始め、魔力を高めていく中、セリナも同調するように魔力を練り込んでゆく。


「行きます【ヒーリングサークル】!」

「【ハイエンドキュア】!」


 シスターたちの範囲回復魔法が発動。

 広場いっぱいに魔法陣が広がったタイミングでセリナが干渉。

 極限まで高めた回復魔法の魔力を流し込む。

 セリナが触れた場所が起点となり、か細く途切れ途切れだった魔法陣が一瞬にして鮮明化。

 強烈な光を放つ。


 人々はおろか、術者であるシスターたちもが驚く中、変化は怪我を負った大勢の人々に現れる。


「き、傷が……!」

「動く……足が動くぞ!」

「これが、神の奇跡か……」

「俺は、死んだんじゃないのか?」


 軽傷、重傷、重体にかかわらず。

 魔法陣の範囲内、広場にいた人々の怪我が一瞬にして完治。

 魔物に体当たりされへし折られた骨は繋がり、突き刺され穴の開いた腹がふさがり。

 あまりのダメージから意識を失っていた者は目を覚まし。


 魔法陣の光が収まった時には、人々の怪我が全て癒え、歓声が上がっていた。


「これほどとは……すごいですなシスター」

「いえ、これは……」

「リアンダ様、これは一体」

「神の御業、なのでしょうか?」


 人々が魔法を使ったシスターたちに賛美を捧げる中、当の彼女たちは唖然茫然。

 これだけの範囲魔法、全力をもってしても傷を塞ぐ程度が精一杯であり、完治などありえないのだ。


 しかし、目の前では全ての人々の傷が癒え、騎士や冒険者たちは再び街を守るために立ち上がろうとしている。

 自分達では到底なしえない所業。

 神の御業、奇跡としか思えない光景だった。


 シスターたちが動揺しながらも、部隊長や人々からの感謝の言葉に対応する中。

 セリナは物陰から様子を伺い、「よし!」と一人こぶしを握り締めた。


「上手くいった!」

『ほっほっほ。見事じゃ、セリナよ』

「でしょ、でしょ!」


 作戦が上手くいき、年相応に大喜びするセリナ。

 これでもう大丈夫だと笑顔を見せる。


「これで、あとは……」

『ふむ、ゴーレムを使役するこの騒動の主だけじゃな』


 前線でのけが人も、ここまで運ばれればシスターたちが治療してくれるだろう。

 街中も後手を踏んでいた騎士団が盛り返し、魔物の討伐をほぼほぼ終えている。


 すでに波は乗り切った。

 後はゴーレムを使い街を魔物に襲わせた主犯格の討伐だけ。


 いまだ姿を現さない犯人に、怒りを膨らませるセリナ。

 すると……。


「っ! スーおじいちゃん、これ……」

『噂をすればじゃな。ついに親玉が姿を現したようじゃ』


 セリナの感知魔法にも反応する程の強い魔力を察知。

 スードナムもこれが主犯であると確信。


 その場所は、なんと森の深部のさらに奥。

 森の最奥と呼ばれる、冒険者も寄り付かない場所だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る