第87話 聖女の結界


 ローラントが対峙しているのは、大きな角を持った大型の鹿。

 れっきとした魔物であり、体格はローラントと同じかそれ以上。


 ローラントの傍にはアンナとエマの姿もあるが、みな疲弊しているようでローラントに至っては出血も見える。

 それでも、孤児院の敷地内には入らせまいと剣を構え、魔物を睨みつけていた。


 セリナは勢いそのまま、手に魔力を込め魔導刃を生成。

 跳躍し、こちらに気付いていない魔物の心臓をひと突きにした。

 同時に体内にある魔石の位置を探知、魔導刃から魔力を飛ばし、魔石を破壊する。


 これにより魔物は即死。

 セリナが飛び掛かった勢いで吹き飛び、地面に倒れ込んだ。


「ローラント、大丈夫!?」

「セリナ! た、助かった……」


 いきなりの出来事に呆気に取られていたローラントだが、相手がセリナと分かると一安心。 

 緊張の糸が解けたのか、脱力し地面に座り込む。


「セリナ! よかった!」

「心配した」

「アンナ! エマ!」


 その様子に、後ろにいたアンナとエマも駈け寄ってきた。

 激しい戦闘があったようで、二人とも服は汚れ、疲労の色が強く見える。


 セリナは3人に回復魔法をかけながら、ここまでの経緯を教えてもらった。

 ローラントたちは当初の予定通り、教会手伝いの依頼をこなしていた。

 そこへ森から溢れた魔物がいきなり襲ってきたのだという。


 咄嗟の事ではあったが、普段から魔物と戦っていたローラントたちはすぐさま対応。

 周囲の人を教会の中に避難させ、魔物たちが近づかないよう立ち回った。


 幸い、街外れまでくる魔物の数は少なく、駆け付けた守衛騎士団の遊撃隊の協力もありこれを撃退。

 街中はすでに進入した魔物が徘徊していて危険という事で、ローラントたちは避難した人たちを守るため教会を防衛。

 遊撃隊は徘徊している魔物を倒すべく、ここを離れたという。


 襲ってくる魔物の数は多くなく、散発的ではあった。

 しかし、たった3人で死守し続けるには装備が心もとなく。

 度重なる戦闘で疲弊し、アンナの魔力も尽きかけていたのだという。


「じゃあ、孤児院の皆やシスターは……」

「みんな無事だよ」

「教会だけは死守したからね!」

「どやどや」


 教会や孤児院の皆が無事と聞き、ほっと胸をなでおろすセリナ。

 感知魔法で教会の中に大勢の人がいるのは分かっていたが、怪我をしているかどうかや人数までは確認できなかったのだ。


「セリナ、みんなに会うかい?」

「ううん、無事ならいいの。アンナ、ちょっとごめんね」

「えっ? なに、魔力が……!」


 ローラントに教会の中に避難しているみんなに会うかと聞かれるが、セリナは首を横に振って断る。

 孤児院の皆のことは確かに気になるが、今はその時間が惜しい。


 アンナに近付くと手を握り、を供給。

 尽きかけていた魔力を補充する。


「これで大丈夫でしょ?」

「う、うん、ありがとう! でも、いいの?」

「私はまだ余裕があるから。ほら、ローラントとエマも」

「あ、ありがとう!」

「ふおぉぉ! 力が、力がみなぎる……!」


 パットン唯一の前衛であるローラントは、セリナに教わった身体強化と【クレイモア】を駆使。

 魔物を倒すと同時に、アンナの詠唱時間を稼いでいた。

 魔力の消費はアンナほどではないにしても、このペースで戦い続けることは難しい。

 

 表情はいつも通りのエマも、実際には感知魔法を多用しており魔力が減っていた。

 ローラントやアンナに比べ、戦闘能力が低いエマ。

 それでも何とか役に立とうと、頻繁に感知魔法を使い、魔物の位置の把握に努めていたのだ。


 セリナはそんなローラントとエマにも魔力を補充。

 3人の魔力量は出合った頃に比べはるかに上昇しているが、それでもセリナの魔力量に比べれば多くはない。


「あとは……」

「えっ、嘘!?」

「す、すごい……」

「まるで、おとぎ話……」


 ローラントたちの魔力を満タン近くまで補充したセリナは、教会の敷地内まで移動。

 おもむろに地面に手をついた。

 すると、教会を中心とした魔法陣が出現。

 併設された孤児院を含む教会の敷地をすっぽりと包み込む、巨大な結界が発生した。


「ふぅ、これで良し」

「セリナ、すごいよ!」

「これで教会は大丈夫だよ」

「神話を見ているようだ……」

「セリナ、まるで聖女」


 いきなり出現した結界に、ローラントたちは唖然茫然。

 彼らの認識では結界は【守護術士】や【結界術士】といった紋章をもつものが使える魔法。

 範囲はベッドサイズがせいぜいであり、大規模なものは紋章を持つ者が複数人集まって魔力を全力で注ぎこむ必要がある。

 それも家ひとつが精一杯。

 セリナの様な敷地をすっぽりと包み込むようなものは、おとぎ話や神話出しか聞いたことがない。


「ローラント、教会をお願いしていい?」

「えっ、セリナはどうするんだ?」

「広場の方に人が集まってるみたいなの。気になるからちょっと行ってくる!」

「あっ、セリナ!」


 そう言うと、セリナは小走りで教会を後にした。

 彼女の話では、結界は1日は持つらしく、何かあればすぐに戻るとの事。

 完全に常識外れの話ではあるが、セリナの今までの行動と実際に結界を発動させたことから、嘘ではないのだろう。

 嵐のように現れ嵐のように去ってゆくセリナの姿に、ローラントたちは思わず顔を見合わせ、クスリと笑ってしまった。


 そのままこの後どうしようかと話し合う3人。

 すると、人々が避難している教会の扉が開き、神父様とシスターが血相を変えて駈け寄ってきたではないか。


「ローラント、これは何事ですか!?」

「今、結界が!」

「お、落ち着いてください!」

「大丈夫です、大丈夫ですから!」

「こんな巨大な結界、聞いたことがありません!」

「い、一体誰が張ってくれたのですか!?」


 神父様もシスターも、聖職につける紋章を持っており、結界の発動を察知したのだ。

 この結界であれば皆が助かる事、そして人の手では到底なしえない規模の結界であることも。


 魔物に街が襲われている恐怖の中、教会をすっぽりと覆う結界はまさに神の奇跡。

 一体何が起きたのかと、居てもたってもいられなかったのだ。


 興奮、混乱気味の神父とシスターにどう話していいのか悩むローラント。

 助けを求めアンナとエマを見るが、「任せた」と言わんばかりに不干渉の構えである。


 馬鹿正直にセリナの事を話しても、冗談にしか聞こえず、信じてもらえないのは確実。

 セリナ自身も、これだけの才を持っている事は内緒にしている節があるので、出来れば話したくない。

 ――ならば。


「……聖女です」

「は?」

「聖女、ですか?」

「はい。神が遣わして下さった聖女様がいらっしゃいました」

「な、なんと!」

「まぁ……主は私達をお見捨てにならなかったのですね」


 先程エマがセリナの結界をみてポツリとつぶやいた「聖女」という言葉。

 ローラントにはその言葉が実にしっくりと来たのだ。


 イーシーズに罵倒され、冷ややかな目を向けられていた孤児院上がりの冒険者の前に突然現れたセリナ。

 彼女のおかげで成長し、イーシーズに一泡吹かせ、今はこうして孤児院を守ることが出来ている。

 もし彼女が現れなければ、ここまで孤児院を守る事も、結界を張って守ってもらう事も出来なかっただろう。

  

 セリナはまさしく、ローラントたちにとって救いの聖女なのである。


「神父様、シスター、後をお願いします」

「ローラント、何をするのです?」

「逃げ遅れた人がいないか探してきます。この結界なら魔物は入ってこれないので」


 神父にそう告げ、アンナとエマを見るローラント。

 2人ともやる気であり、同意するように首を縦に振る。


 教会の方を見れば、開いた扉から避難してきた人々や孤児院の子供たちが、不安そうにこちらを伺っていた。

 ローラントたちは子供たちへ向かって手を振り、「聖女様が助けてくれたぞ」と声をかける。


 子供たちが「聖女さま?」を首を傾げ顔を見合わせる中。

 3人は結界を出ると、逃げ遅れた人がいないか街中を捜索しに行ったのであった。

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