第86話 襲われる街
ゴーレムが霧散し、泥沼のようになった地面に降り立ったセリナ。
その息は荒いながらもまだ余裕はあるようで、周囲を一瞥。
付近にゴーレムや人がいないかを確認する。
「はぁ、はぁ……スーおじいちゃん、どう?」
『……生き残っておったのは、連中が最後じゃ』
「そっか……」
ゴーレムの巣窟となってしまった森深部。
そこへ調査のために立ち入った冒険者たち。
討伐ではなく、調査以来として森に入ったため装備はきわめて貧弱。
物理、土魔法に対し高い耐性をもつゴーレム相手に苦戦は必至だった。
急いで駆け付けたセリナは姿を見られないように注意を払いつつ。
窮地に陥っていた冒険者たちを手当たり次第に助け、街へ逃がしてきたのだ。
しかし……。
「……間にあわなくて、ごめんなさい」
セリナが悲しそうな瞳で見つめた先にあったもの。
それは地中に沈められ、地面から僅かに出ているエフィムの手首。
手はピクリとも動かず、感知魔法を使ってみても反応はない。
いくらセリナとスードナムと言えども、広大な森に分散した冒険者たち全員を助けることは不可能。
少なくない数の冒険者がゴーレムに取り付かれ地中に引きずり込まれ、命を落としていた。
『セリナよ、そう気にするでない』
「でも……」
『おぬしが動かなければ全滅していたじゃろうて』
「うん……」
助けた冒険者たちは、そのほとんどが危機的状況だった。
武器は折れ、魔力は尽き、包囲され。
ゴーレムに取り付かれ、引きずり込まれそうになっている者も大勢いた。
もし救援に来なければ、調査として森に入った冒険者のほとんどは死んでいただろう。
それだけにセリナはよくやっているのだが、当の本人は助けられなかったことを気にしているようだ。
「せめてタグだけでも……」
『……それも難しいようじゃ』
「えっ? ……っ、ゴーレム!」
埋まってしまった冒険者たちを掘り起こし、せめて死亡証明となるタグだけでも回収しようとしたセリナ。
そんな彼女を、ゴーレムたちが取り囲む。
「オオォォォオオオォ……」
「オォォオオオオォォォ……」
「スーおじいちゃん、こいつら際限ないよ!?」
『よほど卓越した術師がおるのかの?』
低いうめき声をあげ、セリナににじり寄るゴーレムたち。
セリナはそんなゴーレムたちから距離を取るように後方へ飛ぶと、両の手に魔力を込める。
「吹き飛べ、【スプラッシュバースト】!」
両手を合わせ、正面にセリナと同等の大きさを持つ水球が発生。
迫りくるゴーレムたちに投げつけると、盛大に爆発した。
【スプラッシュボール】の発展である【スプラッシュバースト】。
水球にこれでもかと水を押し込め、敵陣の中で炸裂させる攻撃魔法だ。
水球近くにいたゴーレムたちは跡形もなく吹き飛び。
周囲のゴーレムも飛び散った泥と押し寄せる水で体が抉れ、まともな形を保っている個体はほとんどいない。
なおセリナにも泥と水は襲い掛かるが、スードナムが張っている防御魔法の壁に阻まれ、守られている。
「よし、これで……」
「ォォオオオォオオ……」
「オオオォォ……」
「ま、まだ来る」
セリナが森に入ってから倒したゴーレムの数はかなりのものになっている。
にもかかわらず、ゴーレムは沸き続け、セリナを地中に沈めようと襲ってくるのだ。
まだまだ魔力には余裕がある。
あるが、いつ尽きるかもわからないゴーレムたちを倒し続けるのはさすがに骨が折れる。
スードナムのいう通り、このゴーレムたちを使役している誰かがいるのであれば、そちらを倒した方が確実だ。
しかし、これほどまでのゴーレムを使役できる人間などいるのかという疑問もある。
スードナムの生きた時代でも、いるかどうかというレベルらしく。
魔法が紋章に依存するようになった現代では、存在するかどうかすら怪しい。
次から次に湧いてくるゴーレムを倒しながら、スードナムと相談し術者を探す。
だが、これほどのゴーレムをを操っておきながら、探知魔法には未だ反応なし。
さすがにキリがないと、一度引こうかと考えた時。
街の方から半鐘の音が聞こえてきたのである。
「えっ、半鐘!?」
『ふむ……魔物どもが街に到達した様じゃ』
「た、大変!」
この森に入る前、大量の魔物たちとセリナはすれ違っていた。
森の中にゴーレムが大量に沸いた事で森を追い出されたというのはスードナムの談。
それが、シェリダンの街を襲ったのだ。
「守衛の人達は!?」
『……すでに犠牲者が出ておるようじゃの』
「そんな……!」
シェリダンの街は交通、貿易の要所となっているだけに守衛騎士団が組織されている。
故に魔物の群れ程度であれば何とかなると踏み、冒険者救助を優先した。
だが、魔物たちは守衛騎士団が防衛体制を整えるより早く、街へ襲い掛かったのだ。
長く続いた平和の中で拡大していった、シェリダンの町。
街の外周には魔物の進入を防ぐ防壁はない。
中心区画にこそ設けられているが、この街が作られた時のもので、中に住むのは有力貴族などの裕福層だ。
街はずれに住むのは農民や飲食を生業とするもの、そして……。
「孤児院がのみんなが……!」
ここでゴーレムを倒し続けることで、ゴーレムが街へ行くのを止めるのと同時に術者を誘い出すつもりでいたセリナ。
しかし、こうなってはゴーレムの相手などしていられない。
「スーおじいちゃん、一度戻る!」
『その方がよいじゃろう』
セリナは再度、迫りくるゴーレムへ向け【スプラッシュバースト】を放った後、反転。
身体強化の精度を上げ、一気に森を駆け抜ける。
『これ、あまりやり過ぎると体がもたんぞ』
「急いでるの! もう、邪魔ッ!」
戻る最中にも、数体のゴーレムが進路に立ちふさがり、阻んでくる。
セリナはこれに【スプラッシュボール】を撃ち込むなどして冷静に対処。
一気に森を抜けた。
ここまでくればあとは麦畑をこえるだけ。
遠くには街の影も見えている、のだが……。
「うそ……麦畑が……」
シェリダンの町周辺に広がる、広大な麦畑。
平地が多く、肥沃な土で育てられたこがね色の麦は、この街の人々にとってシンボルであり誇り。
その麦畑が多くの魔物によって踏み荒らされてしまっていたのだ。
激しい戦闘も後も散見され、剣などでなで斬りにされたり、魔法で地面をえぐられていたり。
中には麦畑の中で息絶えている魔物の姿もあった。
「なんで、こんな……」
風に揺れる麦の姿は、セリナも大好きだった。
麦を世話する農家の人達も皆やさしく、ローラントたちも麦畑の話をするときは誇らしそうにしていた。
それが、無残に踏み倒されいるのだ。
我が子のように麦を大事にしていた農家の人達が見たら、どれだけ悲しむことか。
そう考えると、セリナの目じりにも涙が溜まる。
「早く、終わらせなきゃ……!」
これ以上、麦畑を荒らされない為にも。
セリナは身体強化の精度をさらに上げ、孤児院へと急ぐ。
麦畑の中にもまだ生きている魔物はいるようで、あちらこちらから魔物の泣き声が聞こえてくる。
街に近付けば、声はより多く、大きくなり。
戦闘を行っている人の声や音も聞こえてきた。
スードナムの探知魔法によれば、戦闘を行っているのは街の守衛騎士団とのこと。
鎧を見に纏い、盾や剣もしっかりしたものを使用しているシェリダンの守衛騎士団。
魔物の攻撃が一番激しい地点でありながら、押し込まれることなく戦線を維持しているのはさすがだ。
セリナも援護したいところではあるが、ここは守衛騎士団に任せ、姿を見せないように迂回。
孤児院を目指す。
「見えた!」
ようやく見えてきた孤児院。
だが、その周囲はセリナが離れる前とは豹変と遂げていた。
孤児院の周りにあったいくつかの建物は崩れ、地面には穴が開き。
いくつもの魔物の死骸が横たわっていたのだ。
外壁のないシェリダンの町。
いくら守衛騎士団と言えども、街の全周を守る事は不可能。
突破されると致命的なとなる要所と、一番攻撃の熱い部分を重点的に守っていたのだ。
その為、孤児院の様な街はずれにある場所からは、魔物の侵入を許してしまっていた。
これら街の中に入り込んだ魔物に対応するのは、守衛騎士団の遊撃隊。
そして……。
「ローラント!」
冒険者ギルドに所属する、冒険者たちだった。
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