第85話 とある冒険者の末路


 シェリダンの街から程近くにある森。

 実り豊かなその森は出現する魔物も弱く、鉄鋼の駆け出し冒険者でも安全に依頼がこなせると人気の場所だった。


 そこから付いた名は初心者の森。

 怪我をする例はあるが、死亡する例は数年に一度あるかないかという、比較的安全な森……だったのだが。


 ここしばらくこの森には居ないとされていたゴーレムの目撃例が相次ぎ、行方不明者まで出てしまった。

 事態を重く見た冒険者ギルドは森への立ち入りを禁止。

 能力の高い青銅の冒険者パーティを中心に調査依頼を出した。


 依頼を受けたパーティは早速森へ入り、目撃例の多い深部へ。

 その中に、腕は良いが態度が悪い事で有名な冒険者パーティ、イーエースの姿があった。


「ちっ、ギルドの能無しども、何が調査だ! ゴーレムの巣窟になってるじゃねぇか!」

「ヴァレリー! 魔法で吹き飛すんだよぉ!」

「やってる! だが土で出来たゴーレムには効果が薄い!」

「畜生【盾士】の俺じゃあこいつら倒せねぇぞ!」


 複数のゴーレムに囲まれ、戦闘状態になっているイーエースの4人。

 彼らの紋章はリーダーであるエフィムの【戦士】を筆頭に【剣士】【盾士】【土魔法士】。

 冒険者としてはよくある構成ではあるが、土で作られたゴーレムには相性が悪かった。


 大剣を使用するエフィムは森の木々に邪魔され存分に剣を振るえず。

 【剣士】のアダムでは1体1体の対処に時間がかかり。

 【盾士】のニキータでは有効打足り得ない。

 頼みの綱【土魔法士】のヴァレリーの魔法は土で出来たゴーレムに効きが今ひとつ。


 知らず知らずのうちにゴーレムの数も増え、ジリ貧になり始めていた。


「戻ったらギルドに追加報酬請求してやる!」

「ギャハハ! 俺達が死にそうだぁ!」

「黙って手を動かせアダム!」


 以前は護衛任務や賞金首討伐など、報酬が高い依頼を多く受けていたイーエース。

 それがエフィムとローラントの決闘で敗れて以後、断られることが増えてしまった。

 もともとの金遣いが荒く、貯蓄など全くしていなかった4人。

 金がいよいよ尽きかけた時、ギルドから紹介されたのがこの調査依頼だったのだ。


 内容はゴーレムの出現状況と行方不明者の捜索。

 討伐は含まれず、生息域と数の確認のみ。

 おそらくは死んでいるであろう冒険者を見つけたら、ドッグタグを回収する。


 その程度の依頼のはずだった。

 しかし、実際には森をいくら歩けど行方不明者の影も形もなく。

 深部はゴーレムで溢れ、倒しても倒してもきりがない。


 土を魔力で練り上げられ作られているゴーレムはしぶとく、一太刀斬っただけでは死ななかった。

 幾度も斬りつければ倒せるが、次第に剣は刃こぼれしてゆき。

 際限なく現れるゴーレムとの連戦でアダムの剣は鈍器と化し、いつ折れてもおかしくない有様だった。


「エフィムの旦那ぁ! 俺ぁもう剣が限界だぁ!」

「ゴーレムの数が増えてるぞ!」

「くそったれ、引くぞ!」


 次から次に湧いてくるゴーレムに付き合いきれないと、エフィムは後退を告げる。

 目の前に居たゴーレムを切り捨て、ヴァレリーが魔法を撃ってけん制。

 ダメージにはならないまでも、体勢を崩したゴーレムたちの隙を突き。

 イーエースの全員が踵を返すと森の外へ向け走り出す。

 

「うまくいった!」

「あばよ、土の化け物ども! ギャハハハ!」

「おい、お前ら気を抜く……ウゴッ!?」

「ひいっ!?」


 後は森の外まで逃げるだけ。

 後方のゴーレムたちには目もくれず駆け出したイーエースの4人。

 そんな彼らを、上からゴーレムが襲いかかった。


 戦闘が続いたことによる疲弊か、ゴーレムなどにやられないという慢心か。

 木に登っていて見落としたゴーレムが、エフィムに飛び掛かったのだ。


「オオオオォォォ!」

「ムゴ……! ガゴッ! グガガ……カ……カ……カカ゜……カ゜…………」

「エフィム!」

「こいつはヤベェ!」


 上から頭に覆いかぶさるように降ってきたゴーレム。

 エフィムは当然引きはがそうとするが、頭にまとわりつかれたため大剣が使えない。

 身をよじり、手で振り落とそうとする。

 他3人も窮地を察し、逃走を中断。

 ゴーレムを引きはがしにかかった。


 しかし、相手は魔力でつなぎ合わせただけの土の体。

 摘まもうとするも土をえぐるだけで、全く引きはがせない。


 必死の抵抗をみせるも、呼吸が出来ないエフィムの手は次第に力も弱くなり。

 遂には聞こえていた声も途切れ、地面に倒れ込んでしまった。


「旦那ぁ!」

「ちっ、エフィムはもう駄目だ、逃げるぞ!」

「しまった、囲まれた!?」


 3人はエフィムからゴーレムを引きはがすのは無理と判断。

 彼を見捨て、この場からの逃走を図った。

 が、エフィムを助けようとしている間に囲まれており、すでに逃げ場などなくなってしまっていたのだ。


「ど、どうすんだよこれぇ!」

「こんな数のゴーレムが森に潜んでいたって言うのかよ!?」

「エフィムが……!」

「し、沈んでいく」


 地面に倒れこみ、仲間に見捨てられたことでさらに複数のゴーレムに取りつかれたエフィム。

 すでに息はないのか、ピクリとも動かない彼の体が沈み始め、地中へと埋まってゆく。


 ――行方不明の冒険者が見つからないのは、こういう事か!


 森の中を歩けど歩けど行方不明者の姿がなかったのは、ゴーレムに襲われ地中に埋没したからだった。

 目の前で起きている光景に、そう確信する3人。

 そして悟る。

 自分達も物の数分後には、同じように地中に埋まる運命であると。


「や、やめろぉ! 俺ぁまだ死にたくねぇ!」

「こんなところでくたばってたまるかよ!」

「泥人形ごときに!」


 死の淵にある運命を拒絶するが如く。

 3人は叫び、四方を取り囲んだゴーレムたちへ向け怒鳴り散らす。


 だが悲しいかな、相手は意思無き土の塊。

 彼らの叫び声を気にも留めず、「オオォォォ」という低い声を吐きならが3人へ迫ってきた。


 ゴーレムが覆いかぶさろうと手を広る。

 絶望的な光景に死を確信した、まさにその時。


 いきなりゴーレムが弾け飛んだ。


 それも1体だけではなく、3人を取り囲んでいたゴーレムたちが次々と爆ぜたのである。


「は……え?」

「ヴァレリー、お前か?」

「ち、違う。俺じゃない……」


 ゴーレムが爆ぜた泥を浴び、全員が泥だらけになってしまった3人。

 だが、顔や服、防具に付いた泥を気にする様子もなく。

 たった今目の前で起きた事態が呑み込めず、呆然と立ち尽くす。


「逃げてください!」

「は?」

「だ、誰だ!?」


 そこへ聞こえてきたのは女の声。

 姿は見えず、飛び散った泥で作られた泥沼に透きとおるような声だけが響き渡る。


「今なら逃げれます! 早く町に!」

「っ……!」

「い、行くぞ!」

「あ、ああ! こんなところ、まっぴらだ!」


 どこの誰かは分からないが、助かったのは事実。

 周辺のゴーレムは一掃されたが、森の奥からは依然不気味なうめき声が聞こえてきている。


 これ以上無理をする必要も、戦えるだけの装備もない。

 3人はこの機を逃すまいと、森の外へ向かってわき目もふらず走り始める。


 その後ろ。

 今まで自分たちにが居た場所に少女が降り立った事など、気付くわけもなかった。

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