第84話 単独行動
セリナたちが森深部でゴーレムと遭遇してからしばらく。
朝の支度を終えたセリナは、たまたま用事で孤児院に来ていたアンナ、エマと共に冒険者ギルドへと向かっていた。
「えっ、ティグ回復魔法覚えたの!?」
「うん。大きな怪我は無理だけど、擦り傷や打撲くらいなら治せるよ」
「ティグにそんな才能があったとは、意外」
「でも、これであの子の将来は安泰だね。ありがとう、セリナ!」
「ううん、私はきっかけをあげただけ。ティグの頑張りだよ」
セリナが行っている魔力操作補助で感覚を掴み、回復魔法の才能を開花させたティグ。
その事を知ってからはシスターたちの目を盗み、ティグに回復魔法を教えていた。
結果、初級ながらも回復魔法を習得することに成功。
治せるのは軽度の怪我程度だが、重症でも応急措置や止血程度にはなるため、大きな成果となった。
回復魔法が使える者が貴重なこの国であれば、ティグが孤児院を出た後の進路に非常に役立つだろう。
アンナやエマ、ローラントが冒険者を生業としているのも、戦闘向けの紋章を授かった為。
授章前から回復魔法が使えるティグであれば【治癒士】、うまくいけば【回復術士】となるかもしれない。
そうなれば職業の選択肢は大きく広がる。
職業選択の幅が狭い孤児院卒となれば、これは極めて重要。
職探しの大変さを、アンナとエマは身をもって知っている。
それだけに弟のようなティグにさした光明につい頬を緩ませる。
その後は菜園は種をまいても芽が出ない事、街の畑でもいきなり枯れる事件があった事などを放しながら大通りを進んでゆくセリナたち。
通りから路地に回り、冒険者ギルドが見えて来た時。
普段とは様子が違う事に気が付いた。
「あれ、なんだろう?」
「人だかり?」
「む、嫌な予感」
確かにこの時間帯は依頼受注で混みあう事が多い。
だが、今日はいつにもまして人が多く、よくよく見れば皆何かを叫んでいた。
一体どうしたのかと近寄ってみると……。
「一体どうなってんだ!」
「俺達に死ねって言うのかよ!」
「いつになったら森へ行けるの!?」
「み、みなさん落ち着いてください!」
ギルドの前で騒ぐ冒険者たち。
それを受付嬢ほか数名がそれを必死になって抑えていた。
明らかにただ事ではない状況に顔を見合わせるセリナたち3人。
どうしたものかと悩んでいると、ちょうどよくローラントが姿を現した。
「ローラント、何があった?」
「森への立ち入りが禁止されたんだ」
「えぇっ! ……いまさら?」
「……まぁ、そうなるよな」
セリナたちより早くギルドに来ていたローラントは、受付嬢や他冒険者から詳しい状況を聞いていた。
それによると、ローラントたちが報告を入れてからゴーレムの目撃例と戦闘になったという話が急増。
少なくない数の冒険者が行方不明となり、冒険者ギルドが慌てて森への立ち入りを禁止。
調査を開始したのだという。
「だから、調査が終わるまで森に入るなってさ」
「だから言ったのに……」
「勝手。職務怠慢」
ローラントの話を聞き、呆れ顔になるアンナとエマ。
そもそも、ゴーレムの話は既にしているのだ。
遭遇した場所も、その危険性についても、である。
他の冒険者に危険が及ばない為、もしくは注意喚起として報告したにもかかわらず。
「証拠がない」と無下にした冒険者ギルド。
それが、目撃情報と被害が出てから慌てて動き出す様子は滑稽としか映らない。
「青銅の冒険者パーティを中心に調査隊が組まれて、森に入ってるって」
「じゃあ、その結果待ち?」
「そうらしい。それまで鉄鋼と真鍮は森での依頼は受けられない」
「横暴。ご飯が食べれない」
戦闘経験があり、咄嗟の事にも対処が出来るのは青銅からと一般には言われている。
そのため、調査に行くのも青銅の冒険者パーティが中心と言うのは説得力があった。
が、納得できるかと言われれば話は別。
冒険者は言ってしまえば日雇い労働者であり、宵越しの金を持たない者も多い。
特に駆け出しである鉄鋼、真鍮ともなればその日の食事に困ることさえある。
無論、依頼は森だけではないが、折からの不作で街の中での仕事も大きく減り、報酬も激減していた。
仕事にありつけないどころか、丸一日頑張ってもパン一個買えない。
そんな事態に陥りかけていたのである。
「さっき依頼を見てきたけど、よさそうなのが一個だけあったんだ」
「あっ、教会の手伝いだ!」
「おぉ~、ローラント、有能」
「これなら俺達にうってつけだろ?」
森での依頼が駄目になった中、ローラントが見つけたのは孤児院の母体であるサトリウス教会の手伝い。
報酬は少額であり、森で稼いだほうが遥かに高収入だ。
普段であれば、世話になったため気にはなるが日銭の為敬遠していた教会の手伝い。
だが、今であればこれが最高の収入源となる。
「ローラント、これにしようよ。私これが良い!」
「そう思ってもう受付してあるんだ」
「有能」
そう考えるのはローラントだけではなく、アンナもエマも同様。
依頼内容に目を輝かせ、居ても立ってもいられないという様子だ。
さっそくみんなで教会に向かおうかという時。
セリナが3人を呼び止めた。
「あの、私ちょっと別行動してもいいですか?」
「えっ?」
「セリナ、どこに行くの?」
「えっと、ちょっと、その……」
歯切れの悪いセリナに思わす顔を見合わせるローラントたち3人。
彼女の年齢や容姿を考えれば、別行動は止めるべきところではある。
しかし……。
「……分かった、教会には僕たち3人で行くよ」
「ローラント!?」
「いいの?」
「まぁ、セリナなら危なくなるようなことはないだろうし……」
「う……」
「それは、そう」
セリナの単独行動を了承するローラントに、アンナとエマの視線が集中する。
もちろんセリナを心配しての事。
だが、セリナは12歳という年齢と小柄な体つきからは想像できない程に強いのだ。
何か危険な状況に陥ったとしても、全て自分で解決できるだけの力を持っている。
「セリナ、無茶したら駄目だよ?」
「やり過ぎないように」
「えっと、分かりました?」
「何故疑問形?」
結局、ローラントたちにセリナを止めるだけの十分な理由はなく。
ここで分かれ、ローラントたち3人は教会へ。
セリナは単独行動となった。
挨拶を躱し、教会へ行くローラントたちを見送るセリナ。
3人の姿が街の中へ消えてゆくのを確認した後、セリナは慌てた様子で街の外へ向け駆けだした。
「スーおじいちゃん、どう!?」
『かなり悪いのぅ。反応が次々に現れよるわい』
ゴーレムと初めてであって以降、スードナムは常に森の中を監視していた。
正確には森の深部まで探知魔法の範囲を広げていたのだが、この数日で一気に異常が広がった。
出たり消えたりしていたゴーレムの反応が一気に増えだし、森を埋め尽くそうとしていたのである。
スードナムは森の奥が危険であることをセリナに告げ、ローラントたちと共に森の深部には行かないよう助言していた。
ところが、タイミングの悪い事にギルドからの調査依頼を受けた複数の冒険者パーティが、すでに森の深部まで入り込んでしまっているのだ。
森の深部は既にキルゾーン。
並の冒険者では生きて帰ることさて危うい、魔窟へと変貌を遂げているにも関わらず。
『セリナよ、本当に行くのかの?』
「うん! 人が死んじゃうのを黙って見てるなんて、絶対にいや!」
――その為に頑張ってきたんだもん!
セリナは言葉にはせず、強い覚悟と瞳でスードナムに告げる。
本来、セリナが今森深部にいる冒険者たちを助けに行く筋合いなど、ない。
冒険者は常に死と隣り合わせ。
何かあれば死ぬことは彼らも承知しているだろう。
……それでも。
自分と関わりない人であっても。
死を覚悟している人であっても。
助けられるのを見捨てるなんて、できない。
スードナムが止めるのも聞かず、セリナは街の外に出ると身体強化の精度を高め、加速。
目にもとまらぬ速さで、森を目指す。
「え、なにあれ……」
『む、これはいよいよイカン……』
森の形がうっすらと見えて来た時。
こちらに向かってくる複数の影を見つけたのだ。
目を凝らし、感知魔法も使い、確かめたその影は。
……森からあふれ出した、大量の魔物であった。
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