第83話 報告
突如出現したゴーレムを何とか撃退したセリナたちパットン一行。
が、【スプラッシュボール】で弾けたゴーレムが飛び散ったため、全員泥だらけ。
さすがにこのままでは気持ちが悪いと、セリナが水球を出し泥を洗い流していた。
「水魔法って便利だね。私にもできないかな?」
「生活魔法程度なら出来ると思う」
「私は?」
「エマも大丈夫だよ」
「水系統の紋章でも水魔法つかえるんだ」
「ローラントも練習したら出来るかも」
「え、本当に?」
水球の水を手ですくって顔を洗ったり、タオルを濡らし装備や服に着いた泥を落としてゆくセリナたち。
泥だらけにした事で全員から冷ややかな目で見られたが、死ぬよりかはマシなので許してほしい所だ。
なお、セリナが手をかざし空中に発生した水球。
体を洗うのにも、飲料にも使える便利な生活魔法であり、火魔法も併用すればお湯にもなる。
あちらこちらと動き回り、場合によっては野営もする冒険者にとっては非常に重宝する魔法だ。
世界の一般常識で、水魔法は水系統の紋章を持つものしか使えないという認識。
だが、生活魔法程度であれば訓練で習得することが可能。
もっとも、すでに紋章を持っているアンナ、エマは今セリナが出している水球よりはるかに小さく。
魔法が使えない【剣士】の紋章のローラントに至っては、拳ほどの水球しか作り出せなだろう。
それほどまでに、紋章の制約は大きいのである。
「ところで、この泥なんだけどさ」
「なに、ローラント?」
「ゴーレムの一部だろ? その、大丈夫かなって」
「あ、それは大丈夫。もう完全に死んでるから」
「うん。反応消えてる」
ローラントの剣、エマの投げナイフ、アンナの土魔法を受けながら。
恐ろしい程の耐久性と、しぶとさを見せたゴーレム。
爆散したとはいえ、そんな恐ろしいモンスターを構成していた泥を浴びたのだ。
大丈夫なのかと心配そうな表情を見せるローラント。
対するセリナとエマは平然としており、表情を崩さず泥をぬぐいながら問題ないと話した。
ゴーレムは魔力を核としたいわば魔法生命体。
物理的な攻撃は効果が薄く、多少の損傷であればすぐに再生してしまう。
逆に原型も残らないほどこま切れ、散り散りにしてしまえば保有魔力が分散し、再生が不可能になる。
これが一般的な対ゴーレム戦法であり、他にも火魔法で土を乾燥させ崩壊させる、水で泥を流すなども有効だ。
物理攻撃でも胴ではなく、手足を切り落とし続けれる事で討伐は可能。
切り落とした部位は再生するが、繰り返すごとに魔力を消費し、やがて枯渇。
体を維持することが出来ず崩壊する。
「なるほど、そう戦えばよかったんだね」
「咄嗟の事だったから、仕方ないよ。私も焦っちゃったし……」
「でも、なんでゴーレムがこの森に?」
「確かにおかしい。ギルドの資料にはゴーレムが出るなんて載ってない」
セリナの説明に、「次こそは」と気を吐くローラント。
その横ではアンナとエマがなぜゴーレムがいきなり現れたのか、首をかしげていた。
この森は街から近い事もあり、生息している魔物や獣はすべて調べられている。
ギルドとしても不足の事態を防ぐため、情報は冒険者に公開され鉄鋼向けの訓練でも学習要領に入っていた。
だが、その資料にはゴーレムが出現するとは記載されていない。
「ジオルバルトやカリーナの鉱山には居たよな?」
「あ、居たね。でも地上に出てきたなんて聞いたことないよ?」
「シェリダンはおろか、イクトバルトには居ないはず」
魔物の生息域が変わる事はよくあるが、ゴーレムなどの非生物系モンスターは基本的に居住地を変えることはすくない。
これはゴーレムが食事を必要とせず、魔力のみで生きる特性ゆえ。
鉱山や坑道、洞窟などはマナが滞留しやすく、それを糧に生きている為、マナの薄い所では生存できないのだ。
事実、農地が多いイクトバルトではゴーレムの出現はギルドの資料を見る限り確認されていない。
それだけに、こんな場所でゴーレムが現れた事の異常性が際立った
「これ……ギルドに報告したほうが良いよな?」
「私もそう思う」
「この森の冒険者たちは対ゴーレムの知識はない。非常に危険」
ローラントたちでさえ初見のゴーレム相手には苦戦した。
今回はセリナがいた為、事なきを得たが、居なければ危険な状況に陥っていた可能性が高い。
特に、この森で依頼をこなしている冒険者の等級はほとんどが鉄鋼から真鍮なのだ。
実戦の経験が少なく、予期せぬ事態に対し咄嗟の対処が出来るとは考えにくい。
それが、安全と言われる初心者の森ならばなおの事。
「だよな。とりあえず戻って報告……っと、何か証拠は」
「……見事に飛び散っちゃってるね」
「ご、ごめんなさい!」
「でも変。魔石がない」
ゴーレムの出現をギルドに伝えることは決まったが、証拠がない。
確かにセリナはゴーレムを爆散させて倒したが、魔石がないのだ。
魔物は魔石を核、心臓のようにしている為、大なり小なりの魔石を必ず持っている。
しかし、セリナが倒したゴーレムには魔石がないようで、周囲を探しても探知魔法を駆使しても魔石がないのだ。
「スーおじいちゃん、分かる?」
『ふむ……誰かがゴーレムを使役している可能性が高いのう』
「使役……?」
『人がゴーレムを作るのじゃよ』
「えっ、作れるの!?」
スードナムによれば、魔石がないという事は誰かがゴーレムを人為的に生み出し使役しているという。
ゴーレムは魔物ではあるが、魔法生物に近く、人為的に生み出すことも可能。
人が魔物を作れると聞き、驚き目を丸くしてセリナ。
続く説明によると、人が作る場合錬金術師などが素材を用い製造。
魔術師であれば魔力を用いて作り出し、使役する。
人造のゴーレムは環境のマナを糧としないため、どのような場所でも作り出し、戦力とすることができるのだ。
スードナムの時代には、地平線一面を人造ゴーレム埋め尽くすという状況もあたったほど。
「そ、そんなに……」
『じゃが、それには術者が近くにいるはず。しかし、気配がないからのう』
魔石がない事から人造ゴーレムの疑いが極めて高い。
それは必然的に術者や使役している者が必ずいる。
はずなのだが、セリナたちの周囲にそう言った反応はない。
人影はもちろん、強力な魔術師の気配も全く感じ取ることが出来ないのだ。
「とりあえず戻ろう。被害が出る前に伝えなきゃ」
「エマ、魔物に合わない最短ルートでお願い」
「任されよう」
いまだ謎多きゴーレムの出現だが、いつまでもこうしてはいられない。
泥を落としたローラントたちはすぐさま街への帰還を開始。
エマが先導し、魔物との接敵を避けながら街へと一直線。
森を抜けると小走りに冒険者ギルドへと駆け込み、依頼の完了報告と共に窓口の受付嬢にゴーレム出現を報告した。
いきなり現れた事、物理攻撃や土魔法の効きが弱い事、そして魔石が出てこない事など。
事細かに説明し、対応を求めた……のだが。
「えっと……それ、本当ですか?」
「えっ?」
「あの森でゴーレムが出たなんて報告、初めて聞きました。確証となるものがないとなると……」
「私達が嘘ついてるっていうんですか!?」
「私達泥だらけ。それが証拠」
「さすがに泥が証拠と言われましても……」
ローラントたちの必死の説明を受けても、受付嬢の表情はすぐれなかった。
シェリダンの街周辺はおろか、イクトバルトで確認されていないゴーレムの出現。
この報告を入れてきたのはローラントたちパットンだけ。
それもつい先日鉄鋼から真鍮に上がったばかり。
森深部での依頼も初めてであり、他の魔物か何かを見間違えた可能性を否定できず。
傍若無人なイーエースを倒したとは言え、信用足り得るかと聞かれれば微妙であると言わざるを得なかった。
「とりあえず報告は上にも上げておきますので」
「すぐに調査や注意喚起をしないんですか!?」
「確証がありませんので。申し訳ありませんが、次の方がお待ちです。お引き取りください」
半信半疑に受け止めた受付嬢にローラントが食い掛ろうとするも、にべもなくあしらわれてしまう。
結局、ローラントたちの報告は話半分で受け止められ。
冒険者たちを集めての大々的な報告と注意喚起、調査などは行われず。
翌日、掲示板の隅に小さく『森にゴーレムの出現報告あり』とだけ書かれた紙が張り出されるだけに終わる。
ローラントたちはやるせなさを覚えるが、確証がない以上出来る事はこれが精一杯。
仲の良い冒険者や訓練所の教官に口伝で伝えるのが限界だった。
……事態が急変したのは10日ほど後。
森の深部どころか浅いエリアでもゴーレムの目撃、戦闘報告が多発。
多数の駆け出し冒険者が森で行方不明になるという、異常事態へと発展したのであった。
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