第82話 遭遇戦


 討伐目標であるファングボアを倒し、シェリダン、ひいてはシェルバリット連合王国を襲う土のマナ不足を調査するセリナ。

 調査自体はすぐに終わったのだが、スードナムが複数の場所で調べた方が良いとの事。


 そこで場所を変えつつ、途中でファングボアの他、討伐推奨されている魔物を倒しながら森の深部を徘徊、調査してゆく。


「よし、魔石の回収終わり。アンナ、頼む」

「了解。【スワンプ】!」


 この日3匹目となったファングボアを倒し、角、牙、魔石を回収。

 アンナが土に沈める【スワンプ】の魔法を唱え、死体を地中へと鎮める。


「セリナ、どう?」

「う~ん、やっぱりちょっと足りないみたいです」


 ローラントとアンナが倒した魔物から素材採取をしている間。

 少し離れた位置でセリナとエマが地中のマナ濃度を調査。

 と言ってもエマは調査方法を知らない為、ただ付き添っているだけなのだが。


(スーおじいちゃん、ここも駄目みたい)

『ふぅむ、森は街よりマナが濃いはずなのじゃがのう』


 隣にいるエマに聞かれないよう、心の中でスードナムと言葉を交わす。

 森の深部数か所で地中のマナ調査を行ったが、やはりマナが不足していた。


 孤児院の菜園のように根こそぎ魔力を奪われるというほどではない。

 ないが、乾いた砂に水を垂らすかのようにあっという間に浸透してゆくのだ。


 森の浅い部分はもとより、深部でこれは明らかに異常。


 魔力を持つ獣、魔物が徘徊する森の深部。

 通常、魔物がいるという事はその場所のマナ濃度が一定以上という事に直結する。

 事実、土ではなく空気中に含まれるマナに関しては、魔物が生きてゆくには十分な濃度を有していた。


 さらに言えば、この森には多数の冒険者が毎日出入りしており、討伐依頼をこなしている。

 土魔法を使えるものが多く、討伐した魔物の大半が【スワンプ】によって地中に沈んでいるはずだ。

 魔石はなくとも、魔力は肉や血などにも含まれている為、本来であればマナとして土に還元される。


 そんな森の深部にあって、地中のマナのみが少ないというのは不自然だ。


(やっぱりおかしいよね。原因は何だろう?)

『わしの探知魔法にも何もかからん。これは長期戦になりそうじゃのう』


 異常である事には間違いないが、やはり原因が掴めない。

 魔法に長けたスードナムでも分からないという事であれば、どうしようもないだろう。

 このまましばらく様子を見ていくしかないか、と腰を上げる。

 すると後ろからローラントたちの声が聞こえてきた。


「あれ、なんだ? アンナ、何か魔法使った?」

「ううん、使ってないよ?」


 なにかを見つけたような会話に、セリナも思わず振り返る。

 隣にいたエマも同様であり、4者が一様に一方を注視。


 そこにあったのは、何か魔法を使ったかのようにうねりながら盛り上がる地面だった。


「……なんだろう?」

『あまり良い気配はせん。警戒するのじゃ』

「うん、わかった」


 森の深部という場所もあり、警戒感をあらわにするセリナたち。

 4人から視線を集める中、土はさらに盛り上がりローラントよりも高くなる。

 上昇はそこで止まったが、今度は左右に広がり出し、人型へと姿を変えた。

 しかし、細部までは正確ではなく、頭部はあるが口も目もなく、手も丸い。

 その形容はまさに子供が粘土で作る人。


 あまりの不気味さにセリナたち全員が表情を強張らせた、瞬間。


「オオオオォォォ……」

「敵!」

「敵です!」

『敵じゃ!』


 エマ、セリナ、スードナムの感知魔法に敵対としての反応が出た。


 その声に応じ、ローラントはすぐさま抜剣。

 アンナも詠唱を開始し、エマとセリナは前へ出る。


「スーおじいちゃん、なにこれ!?」

『おそらくゴーレムの一種じゃ』

「ゴーレム!?」


 ゴーレムは土魔法に分類される魔法。

 土を構成素材として人を作り出し、意のままに操る事で、攻撃や防御を担わせる。

 レベルの高い術師であれば、複数体を同時に使役することも出来る、攻防一体の高位魔法だ。


「そんなものが、なんでここに!?」

『分からん。じゃが今は目の前のゴーレムを優先するのじゃ』

「わかった!」


 先に仕掛けたのはローラント。

 セリナ直伝の身体強化を生かし、間合いを詰めロングソードで斬りつける。


「なっ、剣が!?」

「オオォオォォオ」


 振りかぶり、肩口から縦に斬り裂いたローラント。

 だが、ロングソードは胴の辺りで止まり、切り口はすぐさま塞がってしまった。

 ゴーレムの方にダメージは見受けられず、うめき声の様な低い声を発しながらローラントへと襲い掛かる。


「剣が抜けない!?」

「ローラント、放して!」

「くそっ!」


 ゴーレム自体の動きは遅く、ローラントならば回避することは容易かった。

 問題はゴーレムを斬り付けた剣がそのまま取り込まれ、引き抜けなくなってしまった事。

 魔力循環を強化、身体強化の精度を上げ、腕力で抜こうとするが、それでも剣はビクともしない。


 慌てるローラントにゴーレムが覆いかぶさるような仕草を見せた事で、エマがとっさに剣を捨てるように声を出す。

 この声に反応し、ローラントは剣から手を放し後方へ飛ぶ。

 同時に、たった今居た場所にゴーレムの手が伸びた。

 もしあのままだったら、完全に取り込まれていたとキモを冷やすローラント。


「動きが遅いなら……【グランドランス】!」


 続けて攻撃を入れたのはアンナ。

 大型のファングボアをも串刺しにする強力な土魔法【グランドランス】。

 ゴーレムの周辺に複数の魔法陣が出現、地中より発生した石杭が、高速でゴーレムに襲い掛かる。

 

「よし、やった! ……って、えぇっ!?」

「オォォオオオ!」

「アンナ、下がって!」


 ファングボアとは違い、血肉ではなく泥を周囲にまき散らしながら石杭に貫かれたゴーレム。

 ここまでの魔物討伐ではこの魔法で一撃のもと勝負を決めてきたとあってアンナは自信たっぷり。


 だったのだが、なんとゴーレムは石杭を体内に取り込み、何事もなかったかのように再びこちらへ向け歩き出したのだ。

 呆気にとられるアンナの前に、エマが出ると、投げナイフでゴーレムを牽制。

 アンナに後退を促す。


「な、投げナイフも効いてないよ!?」

『ゴーレムは地属性と物理、特に斬撃に強い耐性を持つからのう』

「そんな事言ってる場合じゃないよ!」


 エマの投げるナイフは全て命中しているが、ダメージを与えている様子はない。

 ゴーレムの方もまったく気にしていないようで、ナイフをその身で受けながらエマとアンナに近付いて行く。


 ゴーレムは土を魔力で操作し、体を形成している魔法生物に近い。

 その為、土魔法は吸収され、物理攻撃は無意味に等しい。

 【剣士】【土魔法士】【斥候】の紋章で構成されるパットンには最悪の相手と言っていい相手だったのだ。


 だが、それはセリナが居なければの話。


『地魔法と物理以外なら問題ない。その身を弾け飛ばしてしまうのじゃ』

「分かった! 【スプラッシュボール】!」


 スードナムのアドバイスのもと、セリナが選んだのは【スプラッシュボール】。

 手のひらの上に水球が発生。

 投げつけると、エマの投げナイフをはるかに凌駕する速度で飛翔し、ゴーレムへと襲い掛かる。


 ゴーレムの腹部へと命中した水球は勢いそのまま、土をえぐり体内へ進入。

 反動でゴーレムがよろけた瞬間、爆散。

 土で出来た体が水と土が混じった泥へと変わり、周囲へ飛び散った。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 突然の事にローラントやアンナ、エマは対処が遅れ、飛び散った泥が直撃し全身泥まみれ。

 ここまで綺麗に爆散するとは思っていなかったセリナも例外ではなく。


 洋服や顔はおろか、髪まで泥だらけになったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る