第81話 魔物討伐


 エマが見つけたファングボアは大きさとしてはセリナと同じか、やや小さい程度。

 猪と比べれば明らかに大きいが、ローラントたちよりは小さいので中程度の個体だろう。


 一定以上のサイズにならなければ集団を組むことはなく、単体で行動する。

 今回のファングボアも例にもれず、単体でありエマによれば周囲に他の個体が居る様子もない。


「よし、僕注意を引く。アンナ、土魔法で仕留めてくれ」

「わかったわ」

「魔物は身体能力が高い。気を付けて」


 魔物でありながら、習性は猪に近いファングボア。

 魔物と獣の違いは多々あるが、そのうちのひとつが凶暴性。

 気性が非常に荒く、人に見つかっても逃げず牙をむき、こちらの命を狙ってくる。

 肉体も高い魔力を保持している影響で強靭なものとなっており、動きは素早く、一撃も非常に重い。

 

 ファングボアもその例にもれず、ローラントたちを見つければ牙をむき、角を振りかざして襲ってくるだろう。

 軽装のローラントでは、正面から突撃してくるファングボアを止めるのは難しい。


 そこでローラントが動きを牽制し、魔法が使えるアンナが横から攻撃、仕留めるという作戦だ。

 エマはローラントのサポート、セリナはアンナの護衛と想定外の事態に備える。


「よし、行くぞ!」


 連携の確認を終えたローラントが木の影から飛び出し、ファングボアの前に姿を現す。

 鼻先で地面を掘り返し、エサを探していたファングボアだが、ローラントの姿を見るや鼻息を荒くし、姿勢を低く落とす。


「ブキイィィィ!」

「っ、速い!」


 雄叫びをあげ、猪とは比べ物にならない速度でローラントに突進するファングボア。

 想定していたよりもはるかに早い突進に、対処が一歩遅れてしまう。

 だが、これより早い攻撃を、ローラントは知っている。


「この程度、ならッ!」


 ファングボアは確かに早いが、セリナの一撃に比べればまだ遅い。

 ローラントは紙一重で突進を躱し、身をひるがえす。


 ファングボアは勢いそのまま通過。

 木々を避けながら方向転換、再度突撃を仕掛けるべくローラントを正面に捉える。

 次こそ確実に仕留めるべく、地面を強く踏み込んだ、瞬間。

 エマの投げナイフが襲い掛かった。


「はいはーい、じっとしててね」


 前方のローラントへ向かって全力で突撃しようと踏み込んだ瞬間を狙った、投げナイフ。

 火力の低い斥候のエマは、こうした敵の隙を突くサポートの技術を磨いていた。

 中でも、投げナイフは彼女の生命線。

 狙ったところへ必ず命中するよう、必死に練習を続けていた。


 そのエマが狙ったのは、ファングボアの後ろ脚。

 力を込めた瞬間にナイフが刺さった事で踏み込みが甘くなり、バランスが崩れ転倒。

 すぐに立ち上がろうとするが、やはり後ろ脚に力が入らず、うまく起き上がる事が出来ない。


 ファングボアの動きが止まる。

 それは、アンナへ攻撃魔法を発動させるサイン。


「行きます、【グランドランス】!」

「ギャオオォォォ!」


 アンナが叫ぶと、動けないでいるファングボアに魔法陣が複数発生。

 地面の中から岩の杭が出現し、ファングボアを文字通り串刺しにした。


 何本もの杭に突き刺され、血肉を飛び散らせながら地面から浮き上がるファングボア。

 何とか杭から逃げ出そうとするが、杭の何本かは体を貫通しており、逃げる事など出来ず。

 しばらく暴れていたが、次第に力が無くなって行き、最終的には動かなくなった。


「やった、かな?」

「……うん、魔力反応消滅」

「よしっ!」

「さすがアンナだな!」


 魔物の生存確認も斥候であるエマの仕事。

 感知魔法を応用し、魔力や生体反応の有無でまだ生きているかどうかを判定する。


 さすがのファングボアも複数の石杭に貫かれてはどうすることも出来ず。

 地面を血の海にしながら項垂れ、目からは光か消えていた。


 いささかやりすぎな気もするが、下手に攻撃し仕留めそこなうと重大な怪我を負う可能性もあるため、手加減など出来ない。

 特に、今回は初の森深部の討伐依頼。

 手心を加える余裕もない。


 エマのファングボアの死亡確認を聞いてから、アンナが魔法を解除。

 石杭がただの土へと戻り、ボアが地面に落下する。


「討伐認定部位は角だっけ?」

「そう。牙も高く売れる」

「よっしゃ」


 討伐認定部位は文字通り、「その部位を持ちかえれば討伐したとみなす」部位である。

 ファングボアの場合は鼻上部に生えている角。

 理由はファングボアをを生け捕りにし、角のみを切り落とすのはほぼ不可能なため。

 

 牙は討伐対象部位ではないが、そこそこの値段で売れるため収集。

 実のところ毛皮や肉にも需要がある、のだが。

 毛皮は石杭に散々貫かれたため穴だらけな上に血まみれで売り物にならず。

 肉もこの巨体を街まで持ち運ぶのもここで捌くのも難しいため却下。


 スードナムの【亜空間倉庫】なら収納可能だが、セリナの持っている腰巻袋の口にはどう考えても入らない。

 ローラントたちには腰巻鞄が魔法鞄であると誤魔化しており、【亜空間倉庫】が使えるという話はしていないのだ。

 孤児院の食料用に欲しい所ではあるが、諦めるしかないだろう。


 そして、魔物を討伐した際にやっておかなければならない事が、もう一つ。 


「心臓の、そばに……あった」

「これが魔石……」

「結構おっきい」


 そう、魔物と獣を分ける最大の違い、魔石である。

 膨大な魔力をもつ魔物が必ず有している、魔石。

 文字通り魔力の結晶であり、魔物が持つ強大な力や知力、魔法攻撃の源とされている。


 種別により形状の違いがない、魔物の体内にある魔石を砕いて討伐する場合があるなどの理由から、討伐認定部位とはなっていない。

 だが、人の生活には必須となっている魔道具を動かすには不可欠なものでもあり、需要は非常に高い。


 魔物の肉体を損傷させずに倒さなければ値段が付かない毛皮などと違い。

 倒しさえすれば確実に手に入ることから、魔石収入を専門にしている冒険者もいるほど。

 唯一の難点は、魔物の体内にある事が多く、捌かなければ回収できない事か。


 魔物の体を開き、大量の血を見ながら魔石を回収する。

 冒険者として通過儀礼のひとつであり、試練でもあるのだ。


 ローラントたちは孤児院で鶏を捌いた経験も多く、魔物をバラすことに何の抵抗もないのだが。

 魔石回収用に用意した手袋をつけ、手際よくファングボアを開き、魔石を回収。

 なお、肉は血抜きをしていない上、街に着くころには腐ってしまうため切り取らない。 


「ローラント、もういい?」

「あぁ。角も牙も魔石も回収した」

「じゃあ、沈めるね【スワンプ】!」


 必要な物をすべて回収すると、アンナが魔法を唱える。

 するとファングボアを中心とした魔法陣が出現。

 遺骸が地中へと沈んでゆく。


 魔物の死体を残し、血の匂いでより凶悪な魔物を引き寄せない為、土系統の魔術士には必須とされている魔法だ。

 地中に沈めればそこで腐り、土に還るとともに森の養分となる。

 シェルバリット連合王国のみならず世界の冒険者ギルドで推奨されている。

 なお、あくまで推奨されているだけであり他系統の魔法で処分したり、最悪そのままでも問題はない。


「はい、おっけー!」

「意外とあっさり終わったな」

「ふふ、私達強くなってる」

「エマ、セリナのおかげ。忘れちゃ駄目だよ」


 ついこの間までは森の浅いエリアで薬草採取ばかり行ってきたローラントたち。

 それがこんな深部で討伐依頼もしっかりこなせるようになった。

 自らの成長を実感するとともに、セリナへの感謝を口にする。


「ありがとうねセリナ。あなたのおかげで私たちここまで来れたわ」

「そんな、みなさんが努力したからですよ」

「そんなことないさ。ファングボアの突撃もセリナに比べたら遅かったし」

「それは……その……」


 ローラントの言葉については苦笑いで場を濁すしかないセリナ。

 彼を鍛えたのはほぼスードナムであり、訓練内容は明らかに常軌を逸したものだったのだから。


 しかし、否、だからこそ。

 訓練に耐え抜いたローラントは冒険者、【剣士】の紋章使いとしてはかなり高いレベルに達している。

 これならば、よほどの相手でない限りは勝負になるだろう。


「さて、これからどうしよう」

「あと何匹か討伐する? 私はまだ余力あるけど」

「ん~……感知魔法だと周囲に反応なし」

「あの、それならちょっと調査していいですか?」

「調査?」

「あ、もしかしてマナ不足の!?」

「はい。ここなら何かわかるかもしれないので」


 ファングボアの討伐が想定よりも早く、消耗もなく終わったため今後の事を話し合う4人。

 エマによると近くにファングボアはいない為、動く必要があるとの事。


 消耗はほとんどなかったとはいえ、戦闘が終わったばかりで疲労がないわけではない。

 そこでセリナは休憩がてら、マナ不足の調査をしたいと申し出る。


「私に何かできる事はある?」

「セリナ、僕も手伝うよ」

「はい、お願いします!」

「警戒は任せろー」


 ローラントたちもこれを二つ返事で了承。

 むしろ原因究明のために何か手伝える事はないかと乗り気であり、目を輝かせている。


 セリナはそんなローラントたちの協力をもらいながら、森深部のマナ調査を行うのであった。

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