第80話 討伐依頼と森の調査


 孤児院での朝の用事を終わらせたセリナは、いつものように冒険者ギルドへ。

 建物の外には、これもいつものように壁に寄りかかっているアンナとエマの姿。


 セリナは手を振って2人に声をかけながら合流。

 依頼を受けてくるローラントを待つ。

 その間に話すのは、孤児院の菜園の話だ。


「え、全部枯れちゃったの!?」

「うん。トマトも芋も全部だめになっちゃった」

「原因は?」

「たぶん、地中のマナ不足」

「マナ? 土の中にマナがあるの?」

「えっ、アンナ知らないの?」

「存在してるとは知らなかった」

「エマも……」


 セリナが話すマナ不足という原因に、アンナもエマも首を傾げる。

 現代においてマナの知識はアンナたちの様な一般市民には馴染みがなく、忘却されているのだ。


『セリナもわしが言うまで知らんかったじゃろ?』

(うん。おとぎ話だと思ってた)


 魔法の研究者でもなければ、見えずとも大量にあるマナを気にする事はまずない。

 世界にあるものすべてに必要な要素ではあるが、それ故マナは豊富に存在している。

 生きてゆく分には気にする必要がないどころか、そこにあることにも気が付かないのだ。


 マナという言葉が出てくるのはほとんどが神話や聖書、おとぎ話と言った話の中ばかり。

 セリナもスードナムに言われ、説明されるまで、本当に存在しているとは思っていなかったのだから。


 顔を見合わせ、不思議そうにしているアンナとエマにマナについて説明。

 不安を煽らぬようにというスードナムのアドバイスのもと。

 マナ不足が深刻になるとこの街自体が危険に陥るという事を避け、掻い摘んで伝えてゆく。


 なお、何故セリナがマナについて知っているかについては、両親から聞いたという事で誤魔化すことに。

 アンナもエマもそれが真実かどうかは疑わしいとは感じていた。

 しかし、今までセリナが行ってきた常識外の数々を思い出し、それ以上考える事を止めた。


「じゃ、じゃあ街全体が不作なのも……」

「たぶん、マナ不足が原因」

「それなら、止められる?」

「ううん、無理……」


 原因が分かったのならば対処できる。

 そう考え、表情を輝かせたアンナとエマに対し、セリナは首を横に振った。


 原因は分かったが、何故枯渇しているのか、その理由が分からない。

 現状ではまだ情報が少なく、断定することが出来ないのだ。


「そっか、駄目なんだ……」

「しばらく森を探索しながら原因を探してみるね」

「私も手伝う」

「ありがとう、エマ!」


 まずは調査し、しっかり原因を調べた後処置や対策を講じマナ不足を解消させる。

 そうすれば野菜や小麦の収穫量は戻り、値上がりしていた食料品の値段も下がるだろう。


 孤児院やこの街、はては国を救うことが出来るとアンナもエマもやる気十分。

 依頼を受注し、戻ってきたローラントにも伝え、依頼の合間に行うよう申し出た。

 すると、彼はニヤリと笑い、好都合とばかりに口を開く。


「それなら今日の依頼はバッチリだよ」

「バッチリ?」

「あぁ。受けてきたのは森深部での討伐依頼さ」


 ローラントの受けてきた依頼の内容に、3人は思わず「わぁ」と声を上げた。

 彼が受けてきたのはこれまで何度も受けてきたのと同じ。

 森の魔物が増えすぎないよう数量調整を目的とした討伐依頼だ。


 しかし、討伐目標である魔物の生息地は、今まで活動していた初心者の森奥地。

 ローラントたちの等級が上がったため、依頼を受け、行けるようになったのだ。


「やったね、これならより調査できるよ!」 

「ローラント、お見事」

「ま、ただの偶然だけどな」

「ありがとう、ローラント!」


 既に準備は万端である為、そのままシェリダンを後にし、森の奥地へと向かうパットン一行。

 途中、小麦畑に目をやるが、マナ不足から病気になっているのか色が悪い。

 風に負け、倒れてしまっている所もあり、状態が芳しくないのは明らかだった。


 早くこの状況を打開すべく。

 セリナたちはより一層気を引き締め、森へと入っていった。



 孤児院の菜園が一日にして枯れるという異常事態が発生したが、森の中は普段と変わらず。

 鳥の歌声と共に、風に揺れた木の葉がこすれ合う音が響く、いつもと同じ様子。


「森は大丈夫みたいだね」

『そう一日で変化はせん。気にし過ぎじゃ』


 森の中を先頭で歩くのは斥候のエマ、続いてローラント、火力のあるアンナが続き、セリナは最後尾。

 セリナの年齢と【無紋】であることを考えればローラントの後ろ、アンナの前というのが本来のポジションだろう。

 だが、セリナは見た目に反しパットンの中で一番強く、常識の外にいる存在。


 列の最後尾で後方警戒に当たり、襲撃されればそのまま前衛として。

 前方より敵がくれば、アンナ以上の高火力攻撃魔法で援護する。


 進行ルートを決めるのは先導するエマだが、セリナも万一に備え偵察、索敵魔法を使用。

 その範囲は本職の斥候、エマよりもはるかに広い。

 スードナムに至っては、森の中から町全体を捉えられるほどの範囲の広さをもっている。


 索敵魔法で調べる限り、森の中には異常はなく。

 普段通り反応の弱い魔物や、小動物。

 依頼とトレーニングに励む冒険者パーティの反応があるだけだ。


 昨日までならセリナたちパットン一行もこの辺りや、薬草が生えている湖回りで依頼をこなすのだが。

 今回の討伐目標はここからさらに森の奥深くまで行ったところが主な生息地域。


 ときどき休憩なども入れながら、深部まで潜ってゆく。


「この先……魔物がいる」

「ターゲット?」

「たぶん……ちがう。反応が弱い」


 今回の討伐目標はファングボア。

 通常の猪より牙が大きく、鼻の上部からも角が生えているという魔物だ。

 問題は体は人よりも大きく巨大に育つ事があり、小柄なファングボアを従え農作物を荒らし、街を襲う場合があるという事。

 そのため、大型化する前に討伐することが推奨されており、今回の依頼もこれが目的。


 森の深部にいるため、保有している魔力も強く、感知魔法を使えば反応はしっかりと出る。

 エマたちの進行方向にいる魔物はそれほど反応が大きくないらしく、ファングボアではないようだ。


「ローラント、どうする?」

「……迂回しよう。体力は温存したい」

「りょ」


 討伐依頼はそれなりの数をこなし、準備も万端。

 だが、深部での依頼は初めてという事もあり、慎重に事を進めたい。


 リーダーであるローラントにアンナもエマも異を唱える事はなく、大きく迂回。

 魔物に察知されないよう慎重に奥へと進んでゆく。


 森の奥、深くへと進んでゆくにつれ、みなの口数が少なくなり、緊張感が増してゆく。

 木々の高さが増し、日の光は遮られ、昼間なのに薄暗く。


 これが本当に同じ初心者の森なのかと疑いたくなる。

 そんな中。


「……見つけた」


 エマが、討伐目標であるファングボアを発見したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る