第79話 ティグの才能
このままではシェリダンの街が滅亡する。
スードナムの推測を聞いた時、セリナが大慌てしたことは言うまでもないだろう。
「どどど、どうしようスーおじいちゃん! このままだと街が、みんなが!」
『これ、落ち着かんかセリナ。今のはマナ不足が続いた場合じゃ。今日明日の話ではない』
「そ、そうなの? よかったぁ……」
急いでみんなを避難させなければと、顔を真っ青にしていたセリナ。
だが、この話は最悪を想定した場合であり、今すぐ事が起こるという事ではない。
スードナムはセリナにその事を伝え、何とか落ち着かせる。
セリナは安堵し、胸をなでおろす。
が、事態が改善したわけではない。
「でも、なんでマナ不足になっちゃったの?」
『それは分からん。マナは基本的に循環するものじゃからのう』
マナは空気中や雨にも含まれており、地上に降り注ぐ。
そして水を飲む、マナを含んだ果物を食べることで生き物の体内にも蓄積され、死んだ後は土に還る。
消費されるマナを生み出す樹木やクリスタルも存在しており、マナが枯渇するという事はそうそうあり得ない。
「じゃあ、どうしたらマナが無くなっちゃうの?」
『よくあるのは戦争じゃ』
「せ、戦争!?」
スードナムの生きた時代は乱世であった。
いくつもの国が魔導士の軍隊を有し、戦場で猛威を振るっていた。
魔導士の少ない国もこれに対抗するため、威力の高い魔導兵器を使用。
お互いに高威力を求め、争い合った。
すると相手の魔法や魔導兵器を如何に抑えるかという話になり。
開発されたのが魔法の発動に必要な魔力の動きを阻害したり、マナそのものを霧散させるアンチマジック技術。
特に地中のマナを枯渇させる技術は地盤を不安定化させ、敵軍の行動を制限できるため重要視されれていた。
「そんな……ひどいこと」
『じゃがこれは局所的じゃ。街ひとつならまだ何とかなるが、国ひとつは無理じゃろう』
「そ、そうだよね!」
加えて言うなら、今の世は長く平和な時代が続いている。
小さないざこざはあれど、シェルバリット連合王国周辺は友好関係にあり、敵国はない。
そしてもう一つ、現代の魔法技術の低下だ。
魔法を紋章、エンブレムシステムに依存している今の技術は、スードナムの時代よりも明らかに低下している。
軍部がどうなっているのかは見ていないので分からないところではあるが、少なくとも大きな進展は見せていない。
それはスードナムより800年後の今であっても、生活水準が向上していない事からも明らか。
どこかの国がシェルバリット連合王国に対し、攻撃を仕掛けているというのは考えにい。
「それなら……なんで?」
『分からん。もう少し調べてみるしかないのう』
人為的なものでないとすれば、自然環境から来る天災か。
豊富な知識を持つスードナムであっても現状ではこれ以上の調べ用はなく、様子を見て行くしかないという。
『マナの枯渇状態では新たな作物は育たん。菜園は諦めるしかないじゃろう』
「うん……」
シェリダンの街のみならず、シェルバリット連合王国を襲う不作。
その理由が地中のマナ不足という事までは突き止めたが、根本的な原因が分からず終い。
時間が経過したことで朝霧は晴れ、日もすっかり昇り暖かくなってきた。
今日の調査はここまで、とセリナは菜園での調査を切り上げると、孤児院の中へと戻っていったのであった。
「ジーナ、そろそろ起きなきゃ」
「まだ眠いよぅ」
「今日の当番、誰だっけ?」
孤児院では子供たちも次々に起床し、寝具を整え朝の準備を始めていた。
セリナもすぐにその輪に加わり、朝が弱い子や支度の手伝う。
しばらくするとシスターも姿を見せ、朝食の準備を着々と進めてゆく。
子供たちも全員起き、焼いたパンの匂いがあたりに漂い始めた時。
何かが割れるような音が聞こえてきた。
「うわあぁぁぁん!」
「なに、どうしたの?」
「ネリオが花瓶割っちゃった!」
「えぇっ!?」
同時に響き渡る、子供の泣き声。
どうやら花を活けていた花瓶を落とし、割ってしまったようだ。
怪我をしていたら大変だとセリナは場を他の子に任せ、泣いているネリオの所へ。
割れた花瓶のそばで座り込み、泣きじゃくるネリオ。
横には先に駆け付けたティグのほか、数名の子供が不安そうに付き添っていた。
「うわあぁぁん、痛いよう」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「ティグ、ネリオ! あっ、血が!」
セリナの不安は的中。
ネリオは割れた花瓶で指を切っており、血が滲んでいた。
命にかかわるような怪我ではないが、このままにもしておけない。
近づき、回復魔法をかけようとすると、ティグがネリオの怪我を負った手を握り、やさしく語りかけた。
「ネリオ、大丈夫だ。ほら、スファル様にお祈りだ」
「ひっく……お祈り?」
「うん。いつもやっているだろう?」
手を握ったままティグとネリオは目をつぶり、地母神スファルに祈りを捧げる。
すると……。
「……あれ、痛くない」
「スファル様がネリオの祈りに答えてくれたんだよ」
「うわぁ、ネリオいいなぁ」
「ティグ兄、すごい!」
それまで痛がっていたネリオがピタリと泣き止み、出血も止まっていた。
ネリオはスファル様にお祈りが届いたと大喜び。
そばにいた子供たちも羨ましそうにしている。
しかし、セリナには祈りではなく、別のものに見えていた。
(スーおじいちゃん、今のって……)
『ふむ、回復魔法じゃな』
(やっぱり! ティグが回復魔法を使えるなんて!)
『ほっほっほ。これは驚きじゃのう』
そう、ティグが使用したのはなんと回復魔法。
土魔法が重要視されるシェルバリット連合王国においては使い手が少なく、貴重な存在だ。
気になるのは彼が回復魔法を使ったところを見たのはこれが初めてだという事。
小さい子の世話を率先して行う、面倒見の良いティグ。
その彼がここまで回復魔法を使わずに過ごしていたことには違和感がある。
どういうことなのかと気になり、割れた花瓶を片付けるついでに聞いてみることに。
「ティグ、今の回復魔法?」
「魔法? やっぱりそうなの?」
「えっ、知らなかったの?」
「うん。最近できるようになったんだ。ほら、セリナや皆と夜にやってるアレで」
「あ、魔力そ……じゃない、お祈り!」
もともと、ティグは魔法を使うことが出来なかった。
その彼に変化が起きたのはつい最近。
セリナが毎日のようにやっている、お話しと称した魔力操作訓練を行い始めてから。
ティグによると、サトリウス教のお祈りの時にも体が熱くなることあったという。
それも日に日に強くなり、今ではある程度自分で操作できるようになっていた。
そして、ある時怪我を負ったままお祈りをしていたところ、不思議と痛みが引いていったのだ。
なにが起きたとかと気になり見てみたところ、なんと傷が綺麗にふさがり、あとも残っていなかった。
同様の事が何度かあったため、これが魔法だと言う事には気が付いた。
他の人にも使えるかと何度か試し、問題なく使える事も分かった。
きっかけが「秘密にしてね」とセリナから言われている夜のお話しだったため、シスターや司祭にも伝えず。
時折怪我をした子をこっそり治す程度にしていたのだという。
「そっか、よかったね、ティグ!」
「これでもっとみんなの役に立てるよ」
開花した回復魔法の才に笑顔を見せるティグ。
そんな彼を見て、セリナは今後個人的に回復魔法を教えてゆく事を決めたのであった。
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