第78話 子守りと畑調査


 窓の外では月と星が瞬き、部屋の中も大型の証明魔道具は消して暗くなっている中。

 小さな女の子がセリナに近寄ると、何かを期待するようなまなざしで見上げてきた。


「セリナ姉、※※※お話」

「うん、いいよ。みんなもする?」

「やった! やる!」

「ずるい、わたしも!」

「※※※※※!」

「あはは、じゃあみんなでやろうか。ディグもする?」

「あぁ、やるよ」


 シェリダンの街の街に来て約2か月。

 これだけいればセリナも簡単なバルト語は理解し、話せるようになっていた。

 最初は言葉が通じず、身振り手振りだった子供たちとのコミュニケーションも、簡単な単語で会話できるようになっていた。


「ほら、チッテもおいで」

「※※※!」

「うんうん、わかったわかった」


 むろん、全てという訳ではない。

 幼い子は発音も怪しく、聞き取れない部分は多い。

 それでも、これまでの経験を活かし、子供たちを誘導する。


 子供たちを集め、皆で手をつなぐ。

 そこから語るのは、おとぎ話。


 シェルバリット連合王国ではなく、セリナが生まれ育ったジェイオード王国の物語。

 ここに来てすぐの頃、一計を案じ、スードナム協力のもとバルト語に翻訳したものだ。


 これだけなら孤児院全員の子が参加することはなかっただろうが、セリナには奥の手がある。


「あっ、みんなが良い子にしてるから、ほら」

「ちょうちょ!」

「うわぁ、綺麗……」


 そう、ジェイオード王国の神話に何度も出てくる、【輝蝶】だ。

 神々を語る神話やおとぎ話をしている時に出すことでより神秘的、幻想的なものとなり、子供たちの心をしっかりとつかんでいた。

 もちろん、こんな事をするのには理由がある。


(スーおじいちゃん、お願い)

『ほっほっほ。セリナの頼みじゃ、任されよう』

「あっ、※※※※※!」

「あったかい……」

「体の中がぽわーってする!」

「ふふっ、みんなの気持ちが、神様に届いているんですよ」


 セリナが行っているのは子供たちの魔力操作。

 ジェイオード王国のおとぎ話をすると【輝蝶】が出てくると皆に伝え、作法として全員の手をつなぐ。

 これで全員をリンクさせ、スードナムが魔力を操作し、体の中の魔力を認識させる。


 紋章に頼り、魔力操作が廃れてしまった現代において、幼少期に魔力の感覚を覚えておくことはかなりのアドバンテージとなる。

 孤児院に住むこの子達は、ここを出た後どうしても苦労する事が多いだろう。

 その時、少しでも困難を乗り越えやすくなるように。

 身の上の不幸を呪ったり、孤児院を恨んだりすることがないように。


 最初は全員に行う事は否定的だったスードナムを必死に説得。

 了承を得て、こうして時間を見つけては子供たちの魔力操作の手助けをしているのだ。


「セリナ姉、これすっごく心地いいね」

「うん。普段からお祈りしてれば、私が居なくても出来るからね」

「お話! 続き!」

「はいはい。どこまで話したっけ……」


 もちろん、これはシスターたちには内緒。

 もしバレればセリナが普通の子供、【無紋】ではありえない事が知られ、騒ぎとなる。

 その為、子供たちには私達だけの秘密として教えている。


(スーおじいちゃん、どう?)

『うむ、順調じゃ日々少しづつじゃったが、ここまでくれば地力でも大丈夫じゃろう』

(そう、よかった。じゃあ、ちょっと皆にご褒美……)


 急激な変化を加えると怖がる子が出る事も考え、体にならすよう、毎日少しづつ行ってきた魔力操作の開眼。

 2月ほどかかったが、ようやく形になり、子供たちが地力でもなんとかできるレベルに達したという。

 それをお祝いし、セリナが出現させたものは……。


「あっ、土亀様!」

「みんなが良い子にしてるから、土亀様も来てくれましたよ」

「うわぁ、うわぁ!」

「すごい、すごい!」


 サトリウス教の神獣、精霊でもある土亀。

 セリナはこれを【輝蝶】の要領で出現させ、みなのご褒美とした。


 シスターや神父様が語る神話に必ず登場する土亀の出現に皆大はしゃぎ。

 魔力操作の関係で体の中もぽかぽかと温かくなり。


 子供たちはセリナのおとぎ話が終わるとすぐに布団の中に潜り込み。

 心地よい寝息を立て、眠りについていったのであった。



 翌朝。

 他の子達よりも早く起きたセリナは、朝霧が舞う中、一人菜園にいた。

 隣接して建てられている鳥小屋では鶏たちが夜明けの声を上げる横で。

 セリナはティグたちが綺麗に片付け、うねだけになった菜園で腰を折り、地面とにらめっこしていた。


「どう、スーおじいちゃん。何かわかる?」

『ふぅむ、これは……なるほどのう』


 朝、この場所に来るよう促したのは実はスードナム。

 昨日の時点では心当たりはなかったのだが、一晩記憶の中にある書物などを漁った結果、気になる点を発見。

 早い時間に寝ているセリナを起こし、人目もなく用事もない朝のうちに菜園を調べることにしたのだ。


 セリナが地面を見つめる事10分あまり。

 長い事沈黙を続けていたスードナムが、口を開いた。


『セリナよ。地中に魔力を通して見るが良い』

「えっ、魔力?」

『そうじゃ。そうさのう、地属性にした方がよく分かるじゃろう』

「んん?」


 土の中に魔力を通す。

 スードナムの言う事に何の意味があるのか分からず、首を傾げるセリナ。

 とりあえずやってみようと、体内の魔力を操作。

 土魔法を発動する要領で魔力を込め、手をかざし土に触れる。

 そして、魔力を地中に流した、瞬間。


「きゃあっ!」


 身の毛もよだつような恐ろしい感覚に襲われ、地面から手を放したのだ。


『どうじゃ、セリナよ』

「な、なにこれ! どうなってるの!?」


 あまりの気持ち悪さに全身鳥肌を立て、顔色を青く冷や汗まで流すセリナ。

 明らかに正常な土でない事は明らかだ。


「これ、絶対おかしいよ!」

『どんな感覚じゃった?』

「なんかこう……引きずり込まれるような。物凄く気持ち悪かった」


 魔法や魔力を放出する場合、感覚としては「押し出す」や「投げる」「流し込む」と言った人側が主導。

 通常、地面に魔力を流したところで、何かが起こる訳でもなく、広げる、浸透させる形になる。

 ところが、セリナが魔力を放出した菜園の地面は違った。


 カラッカラに乾いた干物に水を垂らすが如く。

 放出した魔力は一瞬にして吸い取られ。

 地面の方から「もっと寄越せ」と言わんばかりに、セリナの体内にある魔力すら吸い出そうとしてきたのだ。


 その感覚はまるで体の中にある大事なものを強引に引っ張り、抜き取られるかのごとく。

 おぞましく、悪寒の走るものだった。


 この時点でセリナは菜園の土が普通の状態でない事を確信。

 冷や汗を浮かべ、呼吸を荒くしたままスードナムに説明を求めた。


『ここいらの土はの、マナ不足なのじゃよ』

「マナ不足?」


 マナとは世界に充満している魔力の事だ。

 人が体内に持つ魔力も、呼吸や食事などでこのマナを取り込み、蓄えたものである。

 蓄えられる量は個人差が大きく、セリナのように無尽蔵に蓄えられる子もいれば、まったく蓄えられない人もいる。


 それは動物や植物、魔物はおろか、土や水でも同じこと。

 この世界においてマナはなくてはならない物であり、失うと命あるものは生命を維持できず。

 無機物であっても不安定化し疲労、劣化、腐敗が急激に加速する。


 湖であれば毒沼化し、金属であればボロボロになり、鉱山や洞窟であれば確実に崩落する。

 では、土で起きればどうなるのか?

 その答えが、今セリナが今魔力を流した菜園の土である。


『土にマナが無くなれば植物は枯れ果てる。水や肥料が足りないのと同じじゃ』

「そ、そんな……!」


 枯渇した土はマナを求め、植物や木々からマナを吸い取り始めてしまう。

 一般的な植物や木は地中だけでなく、空気中からもマナを取っている。

 だが、十分に育ち実を付けるには地中と空気中の両方からマナを得なければ不可能。


 地面にマナを吸い取られれば当然、空気中からのマナで足りるはずもなく。

 育ちは悪く、実は小さく、質も悪くなってしまう。


「じゃあ、シェリダンの街の不作は……」

『間違いなくマナ不足が原因じゃろう。このままじゃと……』

「こ、このままだと?」


 普段より数トーンは低く、真剣な口調で語るスードナム。

 セリナも重い空気を察し、表情を強張らせる。


『植物は全て枯れ、井戸の水は腐り、地面は陥没し、建物は倒壊。草一本生えぬ死の土地となるじゃろう』


 それはまさしく、滅亡へのカウントダウンであった。

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