第74話 決闘Ⅰ
サトリウス教を国教としているシェルバリット連合王国。
主神である地母神スファルを扱った神話は各地に数多く残されている。
そして、神話の中でに地母神スファルの御使い、または化身として描かれているのが石や土で作られた亀だ。
ゆえに、この国には亀の殺生を禁止する法律があるなど、とても大事に扱われている。
国民からも亀は愛されており、観光客用の土産物店ではどこに行っても必ず小さな亀の石像が売っているほどだ。
神の化身、御使いである亀の石像の首を落とし、相手に渡す。
これは「主がお怒りである」「神が決着を望んでいる」などを意味し、決闘を挑む事とされている。
どんな結果に、それこそ命を落とす事となっても文句なし、という確固たる意志の表れ。
それだけに重く、安易にやっていい事ではない。
この国の人であれば子供であろうとも知っている事柄。
それを、ローラントはエフィムに対しやったのである。
彼は日ごろからエフィムたちに暴力を振るわれていた。
罵倒にされ、罵られ。
アンナとエマにも横暴かつ下劣な態度をとられ、悔しさと怒りを抱いていたのをみな知っている。
同じような思いをした冒険者も、両手の指の数では到底足りない。
にもかかわらずエフィム達イーエースが傍若無人であったのは彼らが強いからだ。
素行は最悪だが、恵まれた体格に戦闘技術は秀でたものを持っている。
過去にも何名かがエフィムに挑み、返討ちにされているのだ。
討伐や護衛依頼を主とする青銅のエフィム達に対し、ローラントは鉄鋼。
ギルドの訓練に参加し、戦闘の少ない駆け出し常設依頼が主。
勝ち目などあろうはずがない。
もはやすべてが嫌になり、自暴自棄になったのかと疑わざるを得ない状況だ。
止めたくても、すでにエリックが首のない亀の石像を受け取り、決闘を受けてしまっている。
こうなると、もうだれにも止められない。
二人の決闘はギルド内にすぐさま伝わり、決闘の場所となった冒険者ギルトの裏にある修練場にはたくさんの観戦者が集まっていた。
「ぎゃはは! エフィム、いい機会だ、他の連中が立てつけねぇよう徹底的にやっちまえよぉ!」
「俺達に挑んでくるたぁ、ほんまもんの馬鹿だな!」
「アンナ、エマこの決闘が終わったらお前たちはイーエース入りだ! 準備しとけよ!」
大勢のギャラリーが居ても態度を全く変えないイーエースの4人。
万に一つも負けはないと思っているのだろう、エリックも余裕たっぷりで準備運動をしていた。
対するローラント、パットン側はと言うと……。
「まったく、勝手に決闘を挑むなんて」
「すまない……」
「無謀、でもないか」
ローラントが勝手に決闘を挑んだことをアンナとエマにとがめられていた。
イーエースが帰ってきたと聞き、亀の石像を用意し懐に忍ばせていたのは確かだ。
だが、アンナたちに相談する前にエフィムたちの蛮行を見てしまい、居てもたってもいられなかった。
胸ぐらをつかまれ、恫喝されている冒険者が自分たちに見え、我慢ならなかったのだ。
ほんのひと月前までなら、目をつむり、耳を塞ぎ、矛先が自分に向かないよう祈り。
弱いから仕方ないと、無理矢理納得させていた。
しかし、今は……。
「あぁ、セリナに鍛えてもらったから」
「うん、今のローラントなら大丈夫だよ!」
不思議な少女、セリナの地獄の特訓を受け、成長している。
今なら、これ以上大きな顔はさせないと胸を張って言える。
「訓練の感覚、忘れないで!」
「頑張って!」
「応援してる」
「……行ってくる!」
表情を引き締め、セリナたちのもとを離れ修練場の中央へ。
反対側よりエフィム中央に向かって歩を進め、両者が対峙する。
「……両者、準備はいいか?」
「はい」
「いつでも構わねぇぜ、俺は」
立会人と審判を務めるのはローラントもよく知る、ギルドで剣術の訓練を行っている元冒険者だ。
それだけにローラントの実力は把握している。
……彼ではエフィムに到底かなわない事も。
「ローラント、よいのか? 今ならまだ……」
「構いません、先生」
「おいおい、ここまで来てそりゃあねぇぜ。漢を見せろよローラントォ」
真剣な表情のローラントに対し、エフィムは薄ら笑いを浮かべ、態度もだらしない。
自分がローラントに負けるなど微塵も思っておらず、どう嬲り倒し、遊ぼうか考えているかのようだった。
ここまで来ては立会人にも止める術はなく。
略式的なルールなどを説明した後、両者抜剣。開始の合図を出した。
神に誓った決闘であるため、使用するのは当然真剣だ。
「ハハッ、少しは楽しませろよローラント!」
「……ッ!」
同時に、エフィムが開幕の一撃を入れる。
エフィムが使用するのは自らの身長と同じ長さはあろうかと言う大剣。
ローラントでは持ち上げる事も困難であろう長重武器を軽々と振り回し、斬り下ろしてきたのだ。
この一撃をローラントは後ろに飛んで躱す。
たった今自らがいた場所に大剣が通過。
衝撃音を響かせ、地面にめり込んだ。
「よく躱したじゃねぇか。だがてめぇの【剣士】じゃ俺の【戦士】には敵わねぇ。諦めるこったな!」
初撃を躱されたことに関心するエフィム。
依然余裕たっぷりであり、大剣を地面から引き抜くと再度振りかぶり、ローラントへと襲い掛かる。
エフィムが授かった紋章、【戦士】。
【剣士】の上位互換に当たる紋章であり、よりも体格に優れる者が授かる事が多い。
【剣士】が文字通り片手剣や長剣、細剣など取り回しのよい剣の扱いに優れるのに対し、【戦士】は斧や戦斧、大剣など長重武器に優れる。
盾や鎧と言った重武装も可能であり、壁役としても重宝される紋章だ。
重武装の代償として鈍足であることが多く、長重武器ゆえ取り回しも悪い。
機動力勝負に持ち込めば【戦士】に対し【剣士】も十分勝負なりえる。
……のだが、そこには両者の実戦経験と体格差が立ちはだかる。
「ほらほらどうしたぁ!? さっきの威勢のよさはどこ行ったんだオラァ!」
「くっ!」
エフィムの猛攻の前に、ローラントは防戦一方。
訓練は相当重ねたとはいえ、自らの身長より長い大剣を相手することなど初めて。
加えてローラントの持つ剣は数打ちの大量生産品であり、耐久性に難がある。
下手に一撃を受けると折れる可能性があり、距離を取って躱すしかないのだ。
その様子にイーエースのメンバーや観戦者からブーイングが入るがローラントは気にする様子もなく。
迫りくるエフィムの大剣を躱してゆく。
傍から見ればローラントは打つ手がなく、逃げているだけ。
しかし、分かる人が見れば違った見解となる。
「ローラントが躱し続けている」と。
エフィムの大剣は成人したばかりの鉄鋼冒険者が躱し続けられるほど、優しいものではない。
大剣を躱すたびに風切り音が聞こえ、地面が抉れ、エフィムの壁か大木の様な体格に圧倒される。
戦闘が続けば続くほど精神がすり減り、集中力が散漫となり、躱すのも難しくなるのだ。
だが、ローラントにはそれがない。
真剣な表情のまま、大剣や圧力に屈することなく集中力を維持。
的確に攻撃を躱し、間合いを維持している。
まるで実戦経験豊富なベテラン冒険者のように。
「てめぇ、ちょこまかと! 逃げるしか脳がねぇのか!」
逆にエフィムは攻撃が当たらない事にいら立ちを覚え始めていた。
彼からすればローラントは圧倒的格下。
本来であれば勝負にすらならないはずであり、圧倒的蹂躙でもって終わらせるはずだった。
振りを変えても、フェイントを入れてみてもすべて躱される。
にらみを利かせれば子犬のように委縮していたのに、今のローラントにはそれがない。
次第に大振りになり、体力を消耗。
動きが鈍くなってゆく。
このチャンスを待っていたとばかりに、ローラントが攻勢に出る。
大剣の間合いギリギリにいたことろからさらに距離を取り、完全に射程外へ。
冷静さを失っているエフィムが前に出ようとした、瞬間。
「【クレイモア】!」
セリナ直伝の、剣技を放ったのであった。
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