第73話 ローラントの覚悟
セリナがローラントに【クレイモア】の技を伝授して2週間ほど。
シェリダンの町は今日も賑わっていた。
大通りをいくつもの馬車が行き交い、露店では店員が声を出し客を呼び込み。
路肩を老若男女、さまざまな人々が往来し活気に満ち溢れている。
そんな大通りの一角、とある露店で、大声を張り上げる冒険者パーティの姿があった。
「てめぇ、こんなシケたパンが1個80ジオだっていうのか!?」
「俺達を誰だと思ってやがる!」
「舐め腐ってるとその舌抜いちまうぞぉ!」
「ひいぃ! か、勘弁してください旦那方!」
声を張り上げているのは裸にも見えるほど軽装の大男たち。
小腹を満たそうと購入したバゲットサンドの値段が気に入らないらしく、店員に文句を言っている。
「小麦も野菜も肉も値上がりしてる! これでも採算ギリギリなんですよ!」
「2週間前は60ジオだったじゃねぇか!」
「その価格ではもうやっていけないんだ! 店がつぶれちまう!」
「チッ!」
彼らは冒険者パーティ、イーエースの4人だ。
数日前、長期依頼を終え街に戻ってきた彼らは、報酬を受け取ったその足で夜の街へ赴き、毎夜酒と女に騒ぎ。
金をあらかた使い果たしたため、次なる依頼を受けるべく、冒険者ギルドへと向かっていた。
昨晩飲み過ぎた為いささか寝過ごし、行きがかりに朝食を買おうとしたのだが。
彼らが街を出る前よりも、バゲットサンドの値段が上がっている事に腹を立て、恫喝していたのだ。
涙ながらに値上げの事情を説明する店主に、結局イーエースの4人が折れる形に。
不機嫌なまま金を台に叩きつけ、4人分のバゲットサンドを受け取り店を後にする。
そのまま歩きながら食べるが、表情はすぐれない。
「なんだぁこれ。萎びた野菜使ってんなぁ」
「ハムも少ない上に薄いぜ」
「ぎゃはは! これで80ジオなんざ、ぼったくりだぁ!」
「この街もそろそろ潮時かもしれねぇな」
街に戻ってからの数日、どこで飲み食いしても値段が上がっていた。
だというのに質は低下し、量も減っている。
彼らとてこの街の不作は知っているが、それを何とかしようという気は全くなく。
都合が悪くなれば、別の街に拠点を移せばいいだけの事、と考えているようだ。
しかめっ面のままバゲットサンドを頬張り、革袋のワインで流し込む。
そのまま冒険者ギルドへの道を進むイーエース一行。
通り過ぎる街の人々も、彼らの悪評は知るところ。
視線を逸らし、言いがかりをつけられないよう道を開け、譲る。
周囲の人々が自分たちに道を譲るのは何とも気分が良いものではある。
だが、それでも気分は晴れず、なにか発散先はないかと周囲を物色。
冒険者ギルドの前まで来た時、遂に標的を見つける。
「いてっ。なんだ、てめぇ」
「あっ、ごめんなさ……エフィム!?」
「あぁ!? ぶつかっといてなんて言いざまだ!」
まだ若い冒険者が、イーエースのリーダー、エフィムにぶつかってきたのだ。
元はと言えばエフィムがよそ見をしながら歩いていたのが原因だが、彼の辞書に自分が悪いという文字はない。
若い冒険者の胸ぐらをつかみそれまでの不機嫌を晴らすかのように当たり散らす。
「や、やめてよエフィム!」
「おい、そのぐらいにしたらどうだ!」
「ハッ、ザコどもはすっこんでろ!」
「ギャハハハ! てめーらじゃオレらに勝てねぇだろうがよぉ!」
「怪我をしたくなければ下がってな!」
胸ぐらをつかまれてる冒険者の仲間と思われる者たちがエフィムを止めにかかる。
しかし、エフィムとイーエースのメンバー達は止めに入った仲間達をも煽り、馬鹿にしたかのように笑い飛ばす。
周囲には他の冒険者もいるが、これがいつもの光景である事、巻き添えを食らう事を避けるべく、見て見ぬふりをするばかり。
誰も助けに入ろうとはしなかった。
「エフィム、その手を放せ!」
「なんだぁ?」
「おぉっ、ローラントじゃねぇかぁ!」
そんな中、一人の青年がエフィムの横暴を止めるべく声を上げた。
ローラントである。
彼の姿を見るや、エフィムは獲物を見つけたと言わんばかりにほくそ笑み、若い冒険者を投げ捨てる。
冒険者はそばにいた仲間達に支えられ、早くこの場から離れようと一目散に逃げだした。
エフィムたちイーエースの4人はその冒険者には見向きもせず。
自らの楽しみを邪魔したローラントへ獰猛な視線を注いでいた。
「しばらく見ねぇうちに小汚くなったなぁ、ローラント」
「いつの間にか浮浪者にジョブチェンジかぁ!? ぎゃははははは!」
「そいつぁいけねぇ。だが安心しろ、アンナとエマは俺達が責任をもって引き取ってやるからよ!」
ローラントはセリナとの特訓により、防具がひどく損傷していた。
体の怪我はセリナが全て治療した為傷ひとつないが、防具は所々へこみ、衣服も泥が付いていたり破れている。
けっして身なりが良いとは言えない格好に、イーエースの4人はここぞとばかりに小馬鹿にする。
それも、アンナとエマも引き合いに出して。
エフィムたちの暴言にローラントのこめかみには青筋がたち、こぶしを強く握り締める。
今すぐ襲い掛かりたくなる気持ちをなんとか抑え、目をつぶり深呼吸。
ゆっくりと目を開き、目の前で薄ら笑いをしているエフィムを見据える。
「エフィム、受け取れ。これが僕の意志だ」
「あ、なんだぁ?」
ローラントはこの時の為のアイテムを道具袋から取り出し、エフィムへ投げつけた。
それは手のひらサイズのものであり、放物線を描きエフィムの手の中へ。
他の3人が「詫びの品かぁ!?」と騒ぎ立てる中。
受け取ったアイテムをエフィムが見た瞬間、それまでの笑みが消えた。
「てめぇ……これの意味が分かってんのか?」
「当然だ、エフィム。それが僕の覚悟だ」
2人の様子がおかしい事にはイーエースのメンバーはおろか、周りにいた人々もすぐに気が付いた。
一体何を渡してきたのか、とエフィムの手の中にあるアイテムをのぞき込むイーエースのメンバーたち。
すると……。
「マ、マジかぁ! ぎゃはははは! ローラントの奴やりやがったぁ!」
「かははははっ! こいつぁ傑作だ!」
「馬鹿だ、この国一番の馬鹿が居るぜ!」
驚くと同時に大笑い。
まるで最高のジョークを見たとばかりに、腹を抱えて笑い出す。
「……いいぜ。受けてやるよローラント。死んでも恨むなよ」
「覚悟はできてる」
「カカッ、そう来なくっちゃなぁ」
馬鹿笑いする3人に対しローラントの表情は真剣そのもの。
アイテムを受け取ったエフィムも、不気味な笑みを浮かべ舌なめずりする。
そして、周囲にいる人々全員に聞こえるよう大声で叫ぶ。
「聞け! 愚か者ローラントはこの俺様に『首のない亀の石像』を投げつけた!」
それを聞いた瞬間、周りの雰囲気も一変。
「嘘だろ」「馬鹿が」「死ぬ気か」など、その大部分が驚きであり、同時にローラントの覚悟を知る。
首のない亀の石像を投げつける。
それはこのシェルバリット連合王国において、決闘の申し込みを意味するのであった。
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