第72話 剣技伝授
セリナの持つ木剣の切っ先が地面を切りつける。
すると、木剣に込められていた魔力が爆発。
炸裂音と共に地面をえぐり取りながら巻き上げ、前方へと吹き飛ばす。
標的となっていた木の幹は一瞬にして泥だらけになり、大小さまざまな石が襲う。
小さい石は木にめり込み、大きい石は木の樹皮を抉り取ってゆく。
幹に当たった石は鈍い音を、上部にそれた石は枝をへし折り、バキバキと音を立てて。
攻撃が終わった後には周囲に折れた枝や葉が散乱。
木の幹は泥だらけ。
所々に穴が開き、樹皮は剥がれ、現れた地肌が痛々しさと威力を物語っていた。
技を発動したセリナの足元にはポッカリと穴が開き、木剣も元通り。
模範を見せ終わったとばかりに、ローラントたちに向き返る。
「どう? こんな感じだよ」
「す、すごい……」
「なに、この威力……」
「どうやったの?」
「そんなに難しくないんだよ」
初めて見る技に、ローラントたちは皆圧倒されていた。
傍から見れば地面を切りつけたようにしか見えない技。
だが、抉り、巻き上げた土と石が高速で襲い掛かり、木にダメージを与えたのだ。
もしあれが人であったなら。
そう考えるとこれがただの土を巻き上げる技、などとは言えない。
そんな【クレイモア】だが、技自体の難易度はそれほど高くない。
先程セリナが実践して見せたように、剣先に闘気、もしくは魔力を溜め、地面を切りつけると同時に開放するという簡単なものだ。
威力は剣速と溜めた闘気、魔力量と、圧縮濃度に比例。
複雑な仕組みを持たない為【剣士】であるローラントでも習得可能な技なのだ。
「……という事だよ。どう、分かった?」
「いや、そんなに簡単に言われても……」
「剣先に魔力や闘気を溜めるって難しいんじゃ……」
「そのはず。魔金属の剣が必要」
【クレイモア】習得最大の難関は、剣先にまで魔力を通せるかどうか。
本来、剣に魔力や闘気を流すには、元から魔力が宿っている魔剣や、魔力伝導性のよい魔金属を用いた剣が必須とされている。
これらは当然希少かつ高価。
とても駆け出し冒険者であるローラントたちが持てるような代物ではない。
「問題ないよ。私が木剣で出来たでしょ?」
「いや、セリナに言われても……」
「だよねぇ」
「私達には無理」
ローラントたちの表情はすぐれない。
彼らはすでにセリナがただの幼い少女でない事を知っている。
【無紋】でありながら魔法の知識に長け、【剣士】であるローラントよりも剣術の腕がある。
そんなセリナから「簡単」と言われ「はいわかりました」と簡単に納得するには、彼女は規格外すぎるのだ。
反応の悪い3人に、セリナはどうやって話したらいいかスードナムにアドバイスをもらい、さらに説明する。
「えっとね、これはそんなに魔力を込めなくていいの。けん制技だから」
「は?」
「え、この威力で?」
「けん制の意味が壊れる」
セリナがはなった【クレイモア】により、標的にされた木はボロボロ。
あれが生身の人であったならばどうなっていたかは、想像に難しくない。
それだけに、セリナの言う「けん制技」と言う意味が分からない。
てっきり殺傷能力を持った技だと思ったのだが。
「地面を巻き上げるだけだから、相手の人が鎧とか盾とか持ってたら効かないでしょ?」
「それは……確かに」
「結局は土……だもんね」
「だから、これは離れた相手の視界を塞いで、防御させたり回避させたりするための技なの」
「それでも、ただの剣に魔力を込める難易度は変わらないはず」
「魔力循環を覚えたら難しくないはずだよ」
これもエンブレムシステムが普及した弊害のひとつ。
実は魔力循環を習得していれば、剣や杖に魔力を通すのはそう難しい事ではない。
が、紋章に頼りきりの魔力循環と肉体強化では剣まで通すのは難しい。
紋章はあくまで補助であり、効果は自らの体のみにとどまるのだ。
基礎である魔力循環さえしっかり習得していれば、魔力の通りにくい鉱物を使用した剣でもある程度は通すことは可能。
むしろこれが出来て初めて【剣士】としての第一歩なのである。
「最初は難しいかもしれないけど、ローラントなら大丈夫だよ」
「……そうか。なら、やってみる」
「だ、大丈夫なの?」
「セリナが、師が俺に出来ると言ってくれてるんだ」
ローラントは意を決し、木剣を持つと離れた位置まで移動する。
セリナたちから十分な距離を取ると、剣を構え、魔力循環を開始した。
「ローラント、まずはいつもの感じ! そこから剣先まで魔力を流すの!」
「やってみる……!」
目を閉じ、意識を体の中で循環させている魔力へと集中させる。
まずは腹の中。
手足へと伸ばし、さらに指先、髪の毛一本一本まで。
ここまでは死に物狂いで練習し、セリナが放つ押し潰されそうなほどの【威圧】を浴びながらでも出来るようになった。
ならば、その先。
手に持つ木剣、その剣先まで。
「なるほど、これか……!」
セリナの言う通り、無理な話ではなかった。
体の中に関しては【剣士】の紋章がサポート、流れを増幅してくれている為、感覚をつかむのは容易かった。
そこからさらに意識を集中させてみると、手に流れを遮る何かがあった。
これこそが木剣。
一見すると魔力は通らなさそうだが、よくよく試すと通らない事はない。
セリナはこの事を言っていたのか、とローラントはすぐさま理解し、無理矢理木剣に魔力を通してゆく。
それは横で見ていたセリナたちにも見て取れていた。
「すごい……ローラント、木剣に魔力を通してゆく」
「意外。そんな才があったなんて」
「みんな紋章に頼り過ぎなの。本来は誰でもできるんだよ?」
微動だにしないローラントだが、次第に木剣が僅かに光り出す。
目を閉じ、集中し続け、光が次第に強くなってきた所で、木剣で地面を切りつけた、のだが。
「いでっ!?」
切っ先が地面に触れた瞬間、「パンッ」という破裂音がし、土が巻き上がる。
だが、それは指向性を持たず円形。
飛距離も全くない。
さらに巻き上げた土が少なかったため、木剣はそのまま地面に接触。
思いっきり振り切ろうとしていたローラントは想定外の衝撃に、思わず木剣を手放してしまった。
「あ、やっちゃった」
「やはりそう簡単ではない」
「ローラント、いいよー、その調子でもう一回!」
誰が見てもわかる失敗。
ローラントは手ごたえを掴んだらしく、セリナの声に手を振って木剣を拾うと、再度構えて意識を集中する。
その後も失敗を繰り返すが、確実にコツをつかんでいっているようだ。
込める魔力量は増え、巻き上げる土も飛距離も伸びていっている。
「うん、いい感じだね」
『ほっほっほ。この分なら習得できるじゃろう』
「習得したら……」
『そうじゃの。最後の仕上げをして、勝負じゃ』
「勝負……」
ついに見えてきたイーエースとの勝負。
聞いた話では彼らは依頼で街の外に出ているらしく、しばらくは帰ってこないらしい。
ローラントが彼らを上回るにも、もうしばらく時間がかかると言うのがスードナムの見立て。
【クレイモア】を何度も失敗し、全身泥だらけになりながら、それでも表情一つ変えずただ黙々と練習を繰り返すローラント。
その姿にセリナとスードナムは確かな手ごたえを掴む。
勝負の日は、もうすぐ。
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