第71話 ローラントの特訓
再び距離を取り、対峙するローラントとセリナ。
横では自分の訓練どころではない、と心配そうな様子でアンナとエマがこちらを見つめていた。
『ほっほっほ。若いのぅ』
(今度はやり過ぎちゃ駄目だよ?)
『ふむ、では剣の威力だけ下げるかの』
(お願いね、スーおじいちゃん)
心の中でスードナムを会話をした後、静かに目をつぶるセリナ。
目を開けた時には瞳が翡翠から黄色へと変化していた。
同時に、凶悪な圧が場を包む。
(ねぇ、スーおじいちゃん。これ何してるの?)
『魔力を練り込み、闘気へ変換。周囲に放ち、格の弱い者を委縮させる【威圧】じゃよ』
(それでローラントたちがあんなに怯えてるの!?)
『さよう。駆け出し冒険者の彼らにはちいとキツかったかの』
先程、ローラントが死を覚悟したかのような、絶望的な表情で切り込んできたことはセリナも気になっていた。
その答えがこの【威圧】。
武に優れた者だけが放つことができる、範囲制圧を目的として使用する技だという。
名前持ちなどの上位モンスターも似たような技を用い、達人同士の戦いの場合は、これを用いた空間制圧戦も行われていたとの事。
格の低い者では圧力に飲まれ戦意喪失、恐慌状態とになり、冷静な判断が一切出来なくなる。
スードナムの時代では、まずこれを返せるかが新兵卒業の一つの基準となっていた。
(スーおじいちゃん、アレ完全に飲まれちゃってるよね?)
『そのようじゃのう。じゃが、これで良いと言っておるし?』
(……なんで使ったの? その、ローラントたちじゃ跳ね返せないの、分かってたよね?)
『もちろんじゃ。じゃが、彼の相手を倒すには必要な事じゃて』
(どういう事?)
対峙するローラントは先ほど同様息を荒くし、手足は震え、すでに汗びっしょりになっていた。
明らかに【威圧】に飲まれており、まともな訓練など望めそうにない。
なぜこんな技を使用したのかスードナムに問うと、これも彼のため、と言う言葉が返ってきた。
スードナムによると、技術を持つセリナと訓練しても、所詮は小さな少女。
体格が大きい者が自然と持つ迫力や威圧感には及ばない。
そこで使用したのがこの【威圧】。
これを使っている時のセリナは、ローラントから見れば食物連鎖の頂点、絶対的強者、神格級と言った挑むことすらためらう相手に見えている事だろう。
(それって……)
『これに慣れれば、体格だけの大男なぞゴブリンも同然じゃ』
(うわぁ……)
相手に気圧されない、圧倒されない為の、いわばショック療法。
だが、あまりの過激さにセリナも思わず頬を引きつらせる。
どう考えてもやりすぎであり、やめさせようと思うのだが、すでにローラントが「これでいい」と言ってしまっている。
こうなってはもはやセリナにはどうすることも出来ない。
『ほれ。さっそく飲まれて魔力循環がおろそかになってるわい。指摘してやるのじゃ』
「あ、ほんとだ。 ローラント! 魔力を回して! さっきの感覚!」
「…………っ!」
先ほど同様、スードナムの放つ神格級の【威圧】に完全に飲まれてしまっているローラント。
まずはこの状況に慣れ、しっかりと魔力循環をするように離れた位置からアドバイス。
半狂乱になっているローラントはまともに声を上げることも出来ないが、セリナの声に必死に反応。
なんとか魔力循環による肉体強化をしようと必死だ。
「焦らなくていいよ! ゆっくりやろう!」
「…………!」
この日以降、ローラントたちはギルドの訓練に参加することはなくなり。
薬草採取の依頼を受けたまま森に籠り、セリナ指導の下特訓に勤しむのであった。
―――――――――――――――――――――――
そして、2週間ほど経過し……。
「はあっ、てやぁっ!」
「打ち込み甘い! 攻撃の度に魔力循環が乱れてる!」
「くっ……!」
今日も初心者の森にある湖の畔で、セリナを教官とした冒険者パーティパットンの訓練が行われていた。
アンナは攻撃魔法に使用する魔力圧縮、エマは広範囲を索敵するための魔力拡散。
そしてローラントは変わらず神級の【威圧】を周囲に振り撒くセリナとの実践訓練だ。
格の低い者であれば、動く事すらままならない神級の【威圧】。
だが、2週間毎日浴び続ければ慣れもでる。
ローラントの動きは初日とは見違え、ある程度は形になっていた。
それでも依然表情は硬く、体も強張っているが。
剣筋や魔力操作の甘い所を指摘されながら、それでも必死に打ち込み続けるローラント。
対するセリナは相変わらずその場から一歩も動かず、全て片手で対処する。
「こ、これでどうだっ!」
「いいね! はい、そこで受けて!」
「へっ? ぐぼぁッ!?」
「あっ……」
セリナが放つ、殺人的な【威圧】から来る恐怖に耐えながら、必死に魔力制御を行い打ち込みを続けるローラント。
そこへカウンター気味に打ち込まれる、セリナの竜をも神をも屠らんとする一撃。
ローラントも咄嗟に防御に回るが間に合わず、木剣が胸部にクリーンヒット。
豪快に宙を舞った。
「ローラント!」
「おぉ、今日もまたよく飛んだ……」
受け身も取れず地面に倒れ込んだローラントに、訓練を中断したアンナとエマが駆け寄る。
ローラントは胸に皮鎧を付けているのだが、セリナの一撃に関しては防具の役割をはたせていないようだった。
「ご、ごめんなさいローラント! すぐに治すから!」
セリナも慌てて駈け寄り、すかさず回復魔法をかける。
苦悶に満ちていたローラントの表情も穏やかになって行き、ようやく安堵する。
(スーおじいちゃんやり過ぎ! また骨折れてたよ!? それも4本も!)
『かっかっか! 人間には数百の骨があるのじゃ。肋骨の4、5本大したことないわい』
(たいしたことあるよぉ!)
『それにほれ、セリナが治すじゃろう?』
(スーおじいちゃんが怪我させるからでしょう!?)
ローラントの訓練相手も変わらずスードナムが担当している。
のだが、スードナムは一切手加減せず、一撃を繰り出すたびにローラントが怪我を負う事が多い。
捻挫、打撲などまだやさしく、骨折する事十数回。
そのたびにセリナが回復魔法をかけ、即座に再開。
直後また重傷を負うという、まさしくゾンビトレーニングであった。
「いてて……」
「ローラント、大丈夫? 痛むところはない?」
「あぁ、大丈夫だ。続けてくれ」
治療が終わればすぐに立ち上がるローラント。
彼もすでに感覚がマヒしているのだろう。
通常であれば全治数か月と言う大けがだったにも関わらず、すぐに木剣を持ち、訓練の再開を申し出る。
これにはアンナもエマはもちろん、セリナもドン引きである。
『ふむ、頃合いじゃのう』
(頃合いって?)
『どれ、一つ技を授けてやろうかの』
(技!?)
新技と聞いて、セリナも思わず目を輝かせる。
この2週間でローラントも最低限の事は出来るようになったと評価されたようだ。
そこで、対エフィム戦の切り札となる技を授けることにしたのである。
まずはセリナが心の中でスードナムに教えてもらい、それをローラントに伝える。
この2週間がただひたすらに打ち込みの訓練だっただけに、意気込みはバッチリだ。
「ほ、ほんとにいいのか?」
「もちろん。任せてよ! さっせく実践して見せるね」
鼻息荒くするローラントを横目に、距離を開けるセリナ。
体の主導権がスードナムに移管され、瞳の色が黄色へと変化する。
「いくよー。よく見ててねー」
離れて見れいるローラントたちに声をかけた後。
目標に定めた木の前で木剣を構え、腰を低く落とすセリナ。
ローラントが息をのみ、アンナとエマも真剣な表情で見守る中。
セリナのもつ木剣に魔力が集まり、淡い光を放ち始める。
……そして。
「【クレイモア】!」
極限まで高めた魔力を宿した木剣で、なんと地面を切りつけたのであった。
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