第70話 神話級の少女
稽古を再開したセリナとローラント。
ローラントがしっかり木剣を構えているのに対し、セリナは構えず仁王立ちでただ佇むのみ。
しかし、相対するローラントは生まれて初めてというほどの威圧感を感じていた。
「……さっきと全然違う」
木剣を構え、対峙しているだけにもかかわらず。
呼吸は荒く、汗がしたたり落ち、手の震えが止まらない。
先程のセリナもすごかったが、ここまでではなかった。
この一瞬で何が起きたのか。
目の前にいるのは自分より頭二つ三つは小さい少女。
だが、放たれる圧力は体格を大きく超え、極めて強大。
今まで生きていた中で比較になるものなどおらず、伝説や神話に聞く竜や神ではないかと錯覚してしまうほど。
それはローラントだけでなく、そばで見守っているアンナやエマも同様だった。
声が出せず息をのみ、当事者でもないのに汗が噴き出してくる。
両者が佇み、ピクリとも動かない無言の時間が過ぎてゆく。
「? ……来ないの?」
「っ……!」
全く動かないローラントへ、不思議そうに首を傾げ声をかけるセリナ。
これだけの威圧感を放っておきながら、そりゃないよと言いたいが、そうも言っていられない。
「う、うおおぉぉぉ!」
逃げ出しそうになる足を何とか操り、セリナへ向け斬りかかる。
完全に飲まれ、足取りも怪しく、腰も入っていないという素振りよりもひどい一撃。
セリナはこれを避けるでもなく、木剣をかざし、受ける。
木剣同士が当たり、甲高い音が周囲に響く。
アンナとエマがどうなったのかとハラハラしながら見守る中。
苦悶の表情を浮かべたのはローラントだった。
「いっつ……!」
「ぜんぜん威力がないよ! もっと魔力循環を意識して!」
「くぅっ!」
両手で木剣を振り下ろしたローラントに対し、セリナの木剣は片手持ち。
気迫に飲まれながらも、全力で力を籠め、押し潰そうとするローラント。
にもかかわらず、セリナの木剣はピクリとも動かない。
むしろローラントが集中できていない事を指摘し、魔力循環の制度を上げるように指摘してくる。
もっとも、完全に飲まれている彼にセリナの指摘を実施するだけの余裕はなく。
角度を変え、ただひたすらに木剣を振り、打ち込み続ける。
セリナはこれを表情一つ変えず、一歩も動かず、全て片手持ちの木剣で対処。
華奢な体、細腕一本で防いでいるにも関わらず、打ち込む木剣から伝わる手ごたえはまるで鉄塊を叩くがごとく。
一撃入れるたびに、手がしびれ、腕に痛みが広がってゆく。
「一撃入れるよ! しっかり防いで!」
「なっ!? がはっ!」
セリナの一言に、顔を真っ青にし防御に回るローラント。
放たれた一撃は小柄な体からは想像できないほど尋常じゃなく速く、そして重かった。
咄嗟に防御した木剣が容易く弾かれ、腕に直撃。
乾いた音の直後に鈍い音が響き渡る。
もちろん、セリナは片手だ。
「ローラント!」
「凄い音がした。大丈夫か?」
「……駄目だ、力はいらない」
あまりの痛さにその場でうずくまるローラント。
アンナとエマも急いで駈け寄るが、ローラントは苦悶に満ちた表情で腕を抑え痛みに耐える。
「ごめんなさい! 強く打ち込み過ぎちゃったみたい……」
セリナも木剣を投げ捨て慌てて駈け寄り、ローラントの傍にしゃがみ込む。
瞳の色も翠眼に戻っており、すぐさま当たった部位を確認。
患部に手をかざし、回復魔法をかける。
(これ折れてるよ! もう、スーおじいちゃんやりすぎ!)
『うぅむ、ここまで未熟とは……面目ない』
(大丈夫かな? もうやめるとか言わないかな)
あたった個所は真っ青になり、膨れ始めていた。
苦痛に歪むローラントだが、回復魔法が効くにつれて腫れも引き、表情も穏やかになってゆく。
「これでよし。ローラント、大丈夫?」
「あ、あぁ……ありがとう。その、お金は……?」
「お金? いらないよ、そんなの。それよりその、続け……る?」
「えっ?」
セリナが申しなさげに、上目遣いで聞いてくる。
続ける? と言うのはこの訓練の事だろう。
確かに、先ほどのセリナが放つ威圧感は尋常ではなかった。
対峙しているだけで足がすくみ、混乱し、無我夢中で剣を振る事しかできなかったのだ。
その上での一撃に、この怪我。
あっさりと治りはしたが、間違いなく腕の骨が折れていた。
セリナの小さい体と細腕のどこにそんな力があるのか分からないが、明らかに普通の少女のそれではない。
どう考えても異常であり、続けるという事はまたアレをするのか、と言う恐怖は間違いなくある。
しかし、とローラントは考える。
これだけの圧を放ちながら、剣術の稽古をつけてくれる人が一体どれだけいるだろうか?
心臓を握りつぶされそうな圧など味わった事もなく、剣術もギルドの指導教官より明らかに上。
さらにはあの回復魔法。
通常、回復魔法による治療を施してもらうには、【治癒士】や【回復術士】のいる治療院か、オリファス教会を頼ることになる。
治療院は診察料がかかり、オリファス教会もお布施や献金と言った形での支払いが必要だ。
しかも、これらは非常に高額。
だというのに、セリナはローラントの怪我を見るや否や、すぐに回復魔法を施してくれた。
怪我の原因がセリナの一撃だったとはいえ、お金のことなどまるで興味ないと言わんばかりの表情で。
もし、訓練中に負った怪我をすべて治療してくれるなら……。
セリナの好意に漬け込む形ではある。
ではあるのだが、こんな好待遇、一国の王子や上位貴族でもなければまず無理だ。
正規の金額を支払おうとすれば、いくらかかるのか想像もつかない。
――僕は強くなりたいと願った。
セリナはその願いをかなえようと、最善を尽くしてくれている。
なのに、僕が逃げるのか?
目の前に、もう二度と訪れないチャンスがあるのに?
ローラントは意を決し、顔を引き締めセリナを見る。
「……頼む。さっきのと同じやつで」
「ローラント!?」
「……マジ?」
「続ける」と言う言葉に思わず声を上げるアンナとエマ。
横から見ていても、訓練中のセリナの存在感は尋常ではなかった。
離れ、目も合わせていないのに気押され、汗が止まらなかったのだ。
もしあのセリナと対峙したら、正気でいられる自信がない。
それほどまでにすごかったのだ。
【剣士】の紋章を持つローラントの剣を、一歩も動かず片手ですべて受け。
一撃の反撃で重症を負わせるほどの圧倒的威力。
拷問のような訓練を続けるなど、正気の沙汰とは思えない。
それはセリナも同じだった。
「ローラント、いいの?」
「うん。こんな機会は二度とない。僕は……強くなりたい」
「……わかった! でも、無茶はしないでね!」
アンナとエマが「お前が言うな」というツッコミの視線をセリナに向ける中。
再び両者が距離を取り木剣を構えたのであった。
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