第69話 打ち合い訓練


 強くなりたいと望むローラントたちに、セリナがまず最初に行う事。

 それはやはり自分の中にある魔力を認識し、魔力操作できるようにする事だ。


 方法は以前インクでイノたちに行った物と同じ。

 こちらから相手に直接触れ、眠っている魔力を強引に動かし、認識させる。

 彼らの内在魔力はイノやパベルといった特級生、特待生クラスよりはるかに少ないが、一度気付いてしまえば問題はない。

 もっとも、セリナにはまだ難しい為、実際に行うのはスードナム。


 一人一人手を握り、彼らの中にある魔力を操作。

 3人とも初めての感覚に驚きの表情を見せるが、アンナは魔法を使う時の感覚を覚えている為、馴染み深そうだった。


「どう? これが魔力だよ」

「なんというか……凄いな」

「これ、魔法を使う時の……魔力だったんだ」

「不思議な感覚」


 紋章があれば、魔力操作を行わなくても紋章の方が補助し、魔法の仕様は可能。

 しかし、それは本来術を構成することに長けている紋章からすればあくまでも付属能力。

 発動前に術者の方が魔力を練っていれば、威力、精度、範囲、全てにおいて数段上のレベルとなる。


 スードナムが生きていた時代には必修科目となる技術だが、現代には伝わっていない。

 紋章が普及した弊害なのだろう。


 逆に言えば、必修になる程度には難易度が低く、かつ極めて効果が高い技術となる。

 魔法技術の全体レベルが大きく下がった現在では、これの習得が手っ取り早く強くなる最良の手段なのだ。


「これを自分の意識で動かせるように練習して」

「えっ、これを?」

「……難しい」


 アンナ、エマの2人には魔力操作を優先してマスターしてもらう。

 術式の構築などは紋章のほうがやってくれる。

 魔力操作を覚える事で、高濃度の魔力を紋章へ送る事が可能となり、飛躍的な向上が見込めるのだ。


「セリナ、僕はどうしたらいい?」

「ローラントは、私と打ち込みだよ」

「打ち込み?」


 2人が座って練習なのに対し、ローラントには打ち込みを指示。

 【剣士】の紋章をもつローラントは、肉体強化に魔力を持っていかれるため、実戦での稽古の方が効率が良い。

 魔力を練り込むのではなく、全身、髪の毛の先にまで行き渡らせる感覚で、体を動かす。

 これが出来るようになって、初めて【剣士】の紋章を生かすことが出来るのだ。


 スードナムに言われたことをそのままという形ではあるが、しっかり手順と段取りをもって伝えるセリナ。

 しかし、ローラントの表情はすぐれない。


「どうかしたの?」

「いや、理屈はわかった、つもりだよ。でも、僕とセリナが打ち合うって言うのは……」

「なにか、へん?」


 依然ばつの悪い表情のままのローラント。

 すると……。


『ふむ、自分より小さいセリナと打ち合うのが腑に落ちんと見た』

(どういうこと?)


 スードナムの推測では、セリナと打ち合う事をためらっているとの事。

 セリナが突出した魔法技術を持っている事は先ほど見せ、実感している。

 しかし、剣術に関しては何も見せていない為、疑っているようなのだ。


 セリナの体格はローラントより頭ふたつぶんは小さく、体も小柄。

 16歳とは言え、成人しているローラントの差は歴然。

 普通に考えれば、打ち合いどころか訓練になるはずもない。

 ……そう、普通の女の子であれば。


『まぁ、一撃見せれば大丈夫じゃよ』

(じゃあ、このまま続けていいんだね!)


 スードナムのアドバイスを受け、セリナはローラントを無視して続行。

 腰巻鞄を開け、中に【亜空間倉庫】の口を開き、中から木剣を2本取り出す。


「えっ、鞄の中から木剣が……?」

「あっ。……えっとね、これ魔法鞄なの。両親の形見」

「そ、そうか……」


 セリナの腰にある小さな鞄から突如、鞄の深さを超える長さを持つ木剣が2本も現れたのだ。

 明らかに物理法則を無視した光景に、思わず声が出るローラント。

 セリナもローラントの反応に思わず「しまった」と言う表情をした後、すぐさま「両親の形見」と口にした。

 なお、形見であるはずの魔法鞄が明らかに新品であり。

 冒険者の間では有名な、道具店のエンブレムが縫い付けられている事は見なかった事とする。


 ここまで常識外れの事を見せ続けられたとあって、ローラントも拒否することはできず。

 セリナから木剣を受け取り、一定距離まで離れたところで相対し、木剣を構える。


「じゃあ、私から仕掛けるから、防いで!」

「わかった!」


 幼い女の子であるセリナの一撃。

 ローラントもすでに彼女がただ者でない事は感じていたが、それはあくまで魔法に関して。

 筋力と体格がものを言う剣術であれば、まだ自分には分がある。

 そう思っていたのだが。


「せいっ!」

「うわぁっ!?」

「ローラント!」

「なに、今の?」


 セリナが木剣を構え、姿勢を低く落とした、瞬間。

 彼女が立っていた地面が、爆ぜた。


 10歩以上はあった二人の距離は一瞬にしてゼロとなり、ローラントの木剣目掛けセリナが一閃。

 木剣同士が当たる乾いた音が響き渡り、木剣が宙を舞う。


 一瞬の出来事にローラントはまったく反応できず、セリナが一気に間合いを詰めた驚きと、木剣を弾き飛ばされた衝撃で姿勢を崩し、尻もちをついてしまう。

 それを見ていたアンナとエマも驚きのあまり声をあげ、2人のもとへと駈け寄ってきた。


「……強すぎた、かな?」

『ほっほっほ。インクと同じようにはいかんて』

「む、難しい……」


 セリナは、インクにいた時ルフジオとの訓練をベースに、2つ3つは速度と威力を落として攻撃した。

 だが、それは駆け出し冒険者であり、これまで自己流でしか剣術を学んでこなかったローラントにとっては目でとらえる事も難しい速度と威力。


 得意なのは魔法だろうと侮ったとは言え、想像していたよりはるかに……否。

 初めて味わう速度と威力、木剣を弾かれた手に残る痺れに完全に圧倒され、呆気に取られていた。


「ローラント、大丈夫?」

「凄い音がした。手、ちゃんとついてるか?」

「あ、ああ……」


 アンナとエマに支えられ、起ち上るローラント。

 白昼夢でも見ていたのではないかと疑心暗鬼になるが、依然手に残る痺れが夢ではなく現実であったことを告げている。


「えっと……もう一回、やる?」


 視線を向けた先にいるセリナは、若干目を泳がせながら続けるかどうかを聞いてくる。

 初手でやり過ぎ怖がらせてしまったかと、不安そうな表情だ。

 しかし、ローラントにとっては、むしろ今の一撃のおかげで覚悟が付いた。


「やる。よろしく頼む」


 先程のセリナの動きは、彼が知る中で最も速く、最も重い一撃だった。

 何度か行った上位冒険者との稽古や、見学した冒険者同士の模擬戦でも、あれほどの動きをする者など皆無。


 あの動きを自分の物に出来れば……。

 セリナの言った「強くしてあげる」と言う言葉に嘘偽りが一切ない事を確信し、痺れの残る手を強く握りしめるローラント。

 支えてくれていたアンナとエマから離れ、飛ばされた木剣を手に取ると、セリナの正面で構える。


 その様子に、セリナもほっと安堵したかのような表情をした後、再度ローラントと相まみえる。

 横ではハラハラと不安そうにするアンナとエマ。


 先程はやり過ぎただけに、今度はどうしようかセリナが悩んでいると……。


『ふむ。セリナよ。ここはちとわしに任せてみんかの?』

(スーおじいちゃんに?)

『うむ。この若造が相手しようとしている男は大柄じゃった。スピードを得意とするセリナとはタイプが違うでな』

(そう、なのかな?)


 女の子であるセリナは、小柄さを生かし速度で立ち回る事を得意としている。

 インクにいた時も、同世代であるルフジオには腕力で劣っていたが、立ち回りの良さ、剣速と手数で互角に渡り合っていた。


 だが、ローラントが相手するのは、筋肉モリモリマッチョマン巨漢エフィム。

 スードナムの見立てでも、スピードではなく一撃の威力で勝負をしてくるタイプであり、セリナとは真逆。


 ローラントを強くするのは絶対だが、まずはエフィムに勝てなければ話にならない。

 そこで、一撃重視の戦い方も出来るスードナムが教官を務めようと言うのだ。


(……じゃあ、お願いしてもいい?)

『ほっほっほ。任されよう。彼にはこういうのじゃ……』


 セリナも、スードナムの案に同意。

 ローラントたちに黒髪の姿は見せないよう、体の操作権だけをスードナムに移管。

 セリナの翠眼が黄色へと変化する。


「じゃあ、次はローラントが打ち込んで! 私が防いで、反撃するから」

「わ、分かった!」


 セリナが段取りを伝え、ローラントが了承。

 すると、周囲の雰囲気が、文字通り「一変」した。

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