第68話 常識外れ
成人していると言っても、まだ16歳のローラント。
セリナに刺激され、感情極まり、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、思いの丈をぶちまけた。
自分より小さい女の子に、こんな事を言ってもしょうがない。
そう思っていたのだが、目の前には「私が強くしてあげる」と仁王立ちする少女の姿。
つい「へ?」と素っ頓狂な声を上げてしまうのも、仕方のない事だろう。
「セリナが?」
「そう」
「僕を?」
「そう!」
「どうやって?」
「それは……と、その前に」
疑問符ばかりを浮かべ、訳が分からないとばかりに質問を投げかけるローラント。
セリナは表情を変えることなく答え、ふと視線を外したかと思うと森の茂みへ向けた。
「2人とも、隠れてないで出ておいでよ!」
「なっ……!」
その声を合図にするように、茂みの中からアンナとエマが姿を現した。
盗み聞きしていたと言うばつの悪さから、2人とも目線が泳ぎ、落ち着きがない。
「ば、バレちゃってた? あはは……」
「不覚……」
「お前ら……」
アンナもエマも、必要分の薬草収集を終え、戻ってきていた。
先程のあんな出来事があっただけに、明らか気落ちしているローラント。
どう声をかけたらいいのか分からず悩んでいるうちに、セリナとあのような会話を始めてしまった。
出ていくタイミングを完全に逃し、どんな顔をしてたらよいのか分からなくなっていたのだ。
それはローラントとても同じ。
セリナに言った「2人を守る」と言う言葉に嘘偽りは一切ない。
だが、それを突き通すだけの実力がないのもまた事実。
威勢良く言い放っただけ余計に情けなく、どう話していいのか分からない。
3人が3人とも何と言っていいのか分からず、沈黙が流れる中。
口を開いたのはアンナだった。
「わ、私も……強くなりたい。ローラントに守られるだけじゃなくて、肩を並べられるほど」
「アンナ……」
「……私も。守ってもらうばかりなのは、嫌」
「エマまで……すまない」
孤児院で家族、兄妹同然に育ってきた3人。
助け合いこそすれ、誰かに庇われ、後ろで怯えていることなど出来ないのだ。
ローラントもここにきてその事を察し、独りよがりだったと謝罪する。
もちろんアンナとエマは彼を責める事などしない。
むしろ、みんなで強くなろうとより絆を深くする。
そして……。
「じゃあ、みんなまとめて強くしてあげるね!」
先程よりさらに笑顔となったセリナが、よりふんぞり返って声を上げた。
が、3人は困惑気味だ。
「えっと……」
「セリナ、申し出は嬉しいんだけどさ……」
「セリナはまだ子供。紋章も、ない」
セリナは【無紋】だ。
世間一般に【無紋】は神より何の紋章も与えられなかった、才覚も持たない者である。
駆け出しであっても、紋章もちのローラントたちには遠く及ばない。
それが世間の、彼らの一般常識……だった。
今、この瞬間までは。
「これなら、どうですか?」
セリナが表情を曇らせ、地面を「トン」と蹴る。
すると、爆音と共にセリナの背後から巨大な石柱が飛び出したのだ。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「な、なに、これ」
突然の事に、慌てふためくローラントたち。
対し、セリナは表情一つ変えず、手を腰に当てる。
「【ロックウォール】だよ。アンナが授業でやってたやつ」
「えっ、嘘!?」
「これが!?」
「わーお……」
セリナが使った魔法【ロックウォール】。
土魔法の中では難易度が低く、初歩魔法に該当する。
アンナが受けていた冒険者ギルドの土魔法の授業では、紙に魔法陣を描き、その上に土を入れた植木鉢を置いて練習していた。
だが、それで出来るのは人の指程度の小さな石柱。
指導している元冒険者でも、作り出せるのはせいぜい杖ほどの太さのものであり、長さもそれほどない。
それがどうだ、セリナの【ロックウォール】の太さはアンナたち3人で手をつないで一周できるかどうかという太さ。
高さに至っては森の木々と同レベル。
植木鉢と森の中と言う土の量の差はある。
だが、セリナはこれを魔法陣無し、無詠唱でやってのけたのだ。
これの意味するところは、駆け出し冒険者とは言えローラントたちも理解している。
「す、すごい……」
「こんなの、初めて見た」
「セリナ、これでなんで【無紋】?」
これを見せられれば、当然沸いてくる何故セリナが【無紋】なのか、と言う疑問。
セリナ自身、これまでその疑問を持たれないよう大人しくしてきたのだが、状況が変わってしまった。
これからはパットンの3人を降りかかる火の粉は払える程度には強くしなければならない。
ならば、3人よりセリナの方が強いという事を示した方が、手っ取り速い。
「えっと、私、回復魔法も使えるじゃないですか?」
「あ、あぁ……」
「実は土魔法の他にも光魔法や水魔法、火魔法も使えるんです」
「嘘でしょ!?」
「あ、ありえない……」
「じゃあ、証拠をお見せしますね」
紋章を持つ者は、紋章に属する一系統しか魔法を使えない。
聖魔法士の紋章なら光、土魔法士なら土、火魔法士なら火。
紋章の格が高ければ、その系統の上位魔法すら楽々と使えるようになるが、それ以外の魔法は実用性がない程に弱々しい。
アンナも土魔法以外は使えず、エマも観測、索敵魔法は使えるが、土魔法はさっぱり。
ローラントも体さばきはバツグンだが、石ころひとつ魔法で作る事が出来ない。
……ところが。
「すごいな、まるで神話だ……」
「わぁ……!」
「綺麗……」
セリナの周りで動き回る、炎のトカゲ、水の竜、風の鳥、石の亀、そして光り輝く蝶。
その光景は静かな森の中にあって極めて幻想的であり、まるで神話かおとぎ話の世界にいるかのようだった。
アンナ、エマはもちろん、ローラントであっても目を輝かせ、小さな少女の周りで飛び交う精霊たちに見とれていた。
「セリナ、君は……」
「えっと、私は神様とかじゃないです」
ローラントが呆気にとられたまま、ぽつりとつぶやいた。
セリナは遮るように言葉をかぶせ、その先を言わせない。
彼の呟こうとした先は当然の疑問ではあるが、この場には無用であり、意味もない。
大事なのは、彼らがセリナのいう事を信じるかどうか、だ。
3人にセリナが全属性の魔法を使えるというのを見せた後、精霊たちを消し、後ろにそびえていた石柱も地中に戻す。
アンナから精霊が消えた事を残念がる声が聞こえ、もっと見たかったというかのような表情をするが、今は置いておく。
「あの、信じてくれますか?」
「…………」
「…………」
「…………」
セリナの言葉に、黙り込む3人。
目の前にいる幼い少女が、常識からかけ離れた存在であることは間違いない。
何故【無紋】なのか。
何故こんな街に一人で居たのか。
何故自分達を強くしようとしてくれるのか。
そもそも、彼女は何者なのか。
疑問は尽きず、明確な回答もない。
分かっている事は、決して敵ではないという事。
そして、強くなるチャンスが、目の前にあるという事。
「セリナ……」
「はい」
「よろしく頼む」
「っ! 任せてください!」
意を決したローラントが、セリナを見据え、頭を下げた。
アンナとエマもお互いに目を合わせ、ローラントに続く。
セリナは一瞬驚いたような表情をした後、満面の笑顔を咲かせたのであった。
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